イタリアの議会と選挙

第367回 イタリア研究会 (2010 年12月15日)

演題:「イタリアの議会と選挙」

講師:芦田 淳 (国立国会図書館)


※報告中、意見にわたる部分は、報告者の私見である※


【橋都】 皆さん、こんばんは。イタリア研究会の橋都です。今日は第367回のイタリア研究会例会にようこそおいでくださいました。今日は、この会の運営委員であった芦田淳さんに、「イタリアの議会と選挙」というお話をしていただきます。

 今日は天候も悪く、渋い演題にも関わらずこれだけの人が集まるというのは、さすがイタリア研究会という感じがしますけれども、よろしくお願いします。

 それではまず講師の芦田さんをご紹介申し上げたいと思います。

 芦田さんは1970年兵庫のご出身で、京都大学の法学部を卒業されています。昨年フィレンツェ大学の政治学部修士課程を修了して帰国をされております。国立国会図書館の調査及び立法考査局政治議会課等の勤務を経て、現在は国立国会図書館の課長補佐を務めておられます。イタリアの政治制度、選挙制度に関しての日本の第一人者でありますので、今日は大変興味深いお話がお伺いできるのではないかというふうに思っております。

それでは芦田さん、よろしくお願いします。(拍手)



【芦田】 よろしくお願いいたします。ただ今ご紹介にあずかりました、国会図書館の芦田でございます。本日はイタリアにおける議会と選挙ということでお話をさせていただきたいと思います。具体的に議会と選挙としましたけれども、だいたい1時間半程度こちらからお話をさせていただきます。比較的最近、名古屋大学の後先生が選挙制度についてはこの研究会でお話をされたということですので、主に議会の方に中心を置きながら、中では少し選挙制度の話にも触れたいと思っておりますけれども、お話をさせていただきたいと思います。

 簡単に今日の構成といいますか、何をお話ししたいかを初めに申し上げますと、イタリアも日本も上院と下院からなる二院制ですけれども、二院制の形態についてのお話を1つ。2番目に、議会が上院と下院に分かれていること以外に、今度はもう少し大きい目で見てイタリアの政治機構の中で政府と議会が今どういう関係になっているかというお話をさせていただきたいと思います。3番目はさらに大きな話になりまして、イタリアとEU、また、イタリアの中でも今、議会とか政府と申し上げたのは国レベルの話ですけれども、その国のレベルと州のレベル、イタリアには20州ありますけれども、その関係についてのお話を続けてみたいと本日は考えております。

 イタリアの議会制度ということで今、簡単に申し上げましたけれども、下院と上院からなっておりまして、日本風に言いますと衆議院と参議院、両方とも任期は5年間になっています。下院の方が630人、上院の方がその半分の315人です。選挙制度のお話は後ほどいたしますので、ここでは簡単に、多数派プレミアム付き比例代表制という、世界でも非常に珍しい制度を2005年から取っているということだけ申し上げておきます。

 選挙資格と被選挙資格というのは、選挙に参加して人を選ぶ権利と選ばれる権利ということで、日本も同じですけれど若干、下院の方が若く、イタリアでは今18歳から、さらに16歳に引き下げようという意見もありますけれども、日本よりも選挙権年齢は下に設定されております。

 イタリアのお話に入る前に、「二院制の諸類型」ということで、今お手元の資料では、世界で議会がある国が182カ国あって、そのうち上院と下院の二院制を取っている国が68カ国あるということになっております。そういう二院制を採っている国を、議会の権限と構成がどういうふうに成り立っているかに着目して分類しますと、これも有名な分類ですけれど、4つに大きく分けられます。1つはアメリカやドイツのように上院と下院の権限が対等で構成が異なっている、違う選挙制度によって選ばれるとか、違った代表の性格を持っているという類型があります。次に、イタリアと日本のように、両院の権限が対等で構成が似ている「中間的強度の二院制」という類型があります。今日は、日本の視点から見たイタリアの制度ということでお話をしようと思っていますが、世界的に見てもイタリアと日本の議会は似ている部分がありまして、こういうイメージでお考えいただければ分かるかと思います。ただし、最近ではねじれ国会といったときに参議院の力が強いというお話が出てきますが、権限が対等で、上院と下院が違った場合には、上院が非常に強い力を持つということになります。あとは、構成が違っていて権限も対等でないという意味で、もう一つの中間的な強さの二院制という類型があります。4番目に、権限が対等でなく、その場合、だいたい上院の方が下院より力が弱いということですけれども、権限が違っていて、なおかつ構成が似ている、そうなると非常に弱い二院制ということになります。

 それでは、イタリアの二院制の形態ということでお話をさせていただきます。現在のイタリアの二院制を教科書的に申し上げますと、上院と下院の権限が対等で構成も似通っている二院制と一般的に理解をされています。どういう根拠を持って、そういう二院制になっているかといいますと、1948年に現在の憲法は施行されておりますが、その憲法に、権限については根拠があり、まず、法律をつくる権限は両院が共同して行使する、ですから上院と下院が共同しないと、逆に言うと法律ができないという仕組になっております。もう一つ、政府は両院の信任を有しなければならないということも憲法で決まっておりまして、内閣総理大臣がやっていくためには、上院と下院とそれぞれから信任を得なければならないと決められております。

これが権限の話ですけれども、構成が似通っている理由については、必ずしも憲法で細部までは決められておりませんが、ここに挙げた3つの要素によって同じような構成になるよう仕組まれているというのが現在の状況です。1つは選挙母体について、上院も下院も全ての国民によって選ばれるというふうに、憲法上決められています。例えば地方の代表であったり、外国に住んでいるその国の人の代表、これはフランスがそうですが、そういう特殊な選び方をするのではなく、上院も下院もイタリア国民全体が選挙をするという意味で、選挙母体が同じとされています。次に、任期と選挙期日が同じということ、任期は先ほど申し上げましたように両院とも5年間です。日本で同日選ということが新聞上で言われることもあると思いますが、イタリアの場合は常に同日選、総選挙をやるときには上院も下院も選挙の対象になります。同じ任期ですから、当然、次の選挙もまた同じ日に行いますので、時期が違えば中間選挙のように、そのときの与党への批判が集まることもあり得ますが、同じ日にしてしまいますので、基本的にはやはり同じ傾向の結果が出るだろうということが2つ目にあります。3番目に選挙制度ですけれども、現在、選挙制度の骨格が上院と下院で同じようになっておりますので、同じ時期に同じ制度でやれば、当然同じ結果になるということになります。

そうすると何の違いがあるのかといいますと、定数も違いますが、先ほど申し上げましたように、選挙権と被選挙権が若干違いまして、下院よりも上院の方が上ということがあります。あと上院の任期に関しては、実は1963年に憲法が改正されるまで、上院の方が長い任期を持っていたのですが、それまでも結局長い任期ではあるものの、下院が選挙になるときに、上院も繰上げ解散をすることが慣習で行われていまして、結果的に同じ時期にやることになっておりました。それで、1948年から1963年まで少し間はありましたけれども、憲法的に追認をして、現在は同じ5年間の任期になっております。

 結局、こういうふうに同じ権限を持ったものが2つあり、同じ構成を持っていますから、要は二度手間といいますか、立法をする際にも時間がかかりますし、対等ですから、片方がその法案を修正しますと、もう1つの院で―例えば上院が修正しますと下院で、その修正に対して可決をすることが必要になり、与党と野党が対立すればなおさら、いつまでたっても法律の審議が終わらないということで批判されてきたところです。

 こういう問題があると思われる現在のイタリアの二院制ですが、それがなぜ導入されたかというのがこの成立と経緯のところになります。今回話をしている、現在の二院制が導入される前は、ちょうど1948年憲法の100年前ですが、1848年のアルベルト憲章によって規定されておりまして、その時代も二院制でしたが、制度上対等であるものの、構成が異なっておりました。

 どういうふうに異なっていたかといいますと、ここも「上院の諸類型」ということで、これはイタリアに限った話ではありませんが、上院を考えていく場合に、ここに挙げた3つの型がございます。1つは貴族院型ということで、イギリスを想像していただければ分かりますように、貴族的な要素を代表していて民選の第一院、下院を抑制するような性格を持った上院というのが一つあり、アルベルト憲章時代の上院も基本的にこの貴族院型の上院でした。あと、ご参考までに、もう2つ類型がありまして、アメリカやドイツのような連邦制国家を採っている場合、連邦を構成している州をその第二院が代表しているという連邦制型という類型がございます。最後に日本のように、熟慮型という類型がありまして、これは貴族制もないですし連邦制でもない国が議会の中に院を2つ置いて、片方がそのもう一方の院の軽率な行動をチェックして修正をすることになっております。

 戦前のイタリアの場合は、この貴族院型で両院対等でしたが、実際には下院が上院議員を推薦する指名リストを提出できましたので、結果的には、下院が自由に上院議員を増やせるという実情がありまして、実際は下院の優位する構成の異なる二院制となっておりました。

 そこから、ファシズム体制を経て1948年の現在の憲法制定ということになりますが、そこに至る経緯、憲法制定会議で、この共和国憲法は制定されましたが、そこで議論になった点が2つございます。1つは二院制を維持するのか、それとも一院制にしてしまうのか。今、初めに申し上げたように、実は一院制の国の方が世界的にも多いですから、一院制の採用という議論もありました。しかし、その議論は早いうちに少数派になりまして、二院制を維持することは比較的早い時期に固まったのですが、次に第二院をどういう性格の院にするかが非常に議論になりました。現在、イタリアの地方制度は州・県・コムーネの3層になっていますけれど、その州が初めて導入されたのが1948年の共和国憲法でしたので、それを受けて、ある意味当然といいますか、第二院は州を代表する院としてはどうかが憲法制定会議の中で提案されまして、これを巡る議論が行われました。

 その背景には、州というものを前提にして分権的な国家、現在でもイタリアは連邦制国家ではなく単一国家ですけれども、そこで将来も含めて広範な分権を認めるかどうかという議論があり、それを反映して、上院についても州の院とするかどうかが議論されました。ですので、最終的に「上院は州を基礎として選ばれる」という文面が残りましたが、この「州を基礎として」という文言についても、何を意味するのかが議論されました。つまり、あくまで新しくできた州を選挙区として上院議員を選んでいこうというのが一つの考え方、もう一つはもっとラディカルな、将来的に政治的に自立した、いわば自治州のような形で州の存在をこれは意味しているのだという意見もございました。

 ただし、憲法制定会議の時点では、まだ州ができておりませんで、70年代に入って実際に(通常)州はできてくるわけですけれども、その州の実体がないという主張が認められ、結局、上院議員選挙において、選挙区の単位として州を使うというだけの意味に、この文言の意味は落ち着きました。憲法制定会議の中の州支持派は、将来的に異なる解釈を導くよすがを残したことで満足しなければなりませんでした。そして、この「州を基礎として」という文言が残ったことによって、上院選挙制度は全国選挙区を採れないとか、多数派プレミアムは州単位というように、要は全部、州を単位としてやりなさいということが言われるようになりました。

 こういう経緯を経てできた上院ですけれども、続いて、今回はイタリアの議会と選挙ということで、下院と上院の選挙制度の基本はほとんど一緒ですので、上院を題材に、選挙制度についてお話ししたいと思います。イタリアでは、戦後早い一時期に少し異なる選挙制度が導入されたことがありましたが、基本的には戦後長く比例代表制が用いられておりました。それに対して、1993年と2005年に大きな選挙制度改革が行われております。ここに書きました「上院選挙制度の概要」が、2005年末に導入された現在の選挙制度ということになります。

 まず、現在は20州ありますけれども、最近になって在外選挙区もできましたのでその分を引いて、全体を基本的に人口比例で配分をいたします。小規模なモリーゼ州とかヴァッレ・ダオスタ州については、憲法で2名とか1名という具体的な人数が決められておりまして、その他の州には7名以上配分することになっています。7名配分した後は、人口比例によって残りの議員定数を配分します。

 初めに、プレミアム付き比例代表制ということを申し上げたと思いますが、基本は比例代表制です、これに加えて一番ポイントになるのが、このプレミアム制という点です。上院の場合は州を単位にしますので、州ごとに候補者名簿連合、これは政党がくっついたものですけれども、一番勝った候補者名簿連合(政党連合)がその州の定数の55%を自動的に取ることになっています。近年は中道右派と中道左派の二大勢力ですので、基本的にはほぼ半数を取れることにはなりますけれど、規定上は、例えば3大勢力があった場合でも、3者のいずれかが55%を自動的に獲得する制度になっております。ただ、全く制度上の縛りがないわけではありませんで、阻止条項、いわゆる足切りですけれども、その州ごとに政党連合ですと得票率20%、20%取った政党連合の中では3%の政党、政党連合に入らなかった政党は8%という足切りがありまして、それを超えれば議席の分配に参加できます。 

 ただ、このプレミアムがありますので、ある一勢力が55%を取って、残りの45%をその他の1位にならなかった2位以下の政党や政党連合で比例配分しますので、野党側の議席は必然的に、純粋な比例代表制よりは少なくなります。これは、ご参考までに前回の投票用紙です。以前の投票用紙をご存じの方は、横に名前を書く欄があったかと思いますが、現在は候補者の名前を書くということは一切なく、純粋に政党を選びます。例えば、このくっついているのは北部同盟と自由の人民の連合を表しています、ここにチェックをすればおのずとこの政党連合を選んだことになります。そして、ここが1位になったら、55%の議席を得ることになり、残りの政党で45%を比例配分することになります。逆に、一番上の端の民主党と価値あるイタリアが中道左派陣営ですが、中道左派が勝った州はそこに55%の議席が与えられるといったことを各州で積み上げていって、最終的に上院の全議席が確定します。下院の場合、「州を基礎として」選ばれるとは書いてありませんので、全国レベルで一番勝ったところに55%の議席が与えられ、過半数を超えますので、ひとまず政権は安定するということになっています。他方、上院の場合、17州の積み重ね+αで、最終的に開けて見ないと結果が分からないということが言われております。なお、ご存じの通り、中部は基本的に中道左派の方が強いですし、シチリアや北部の幾つかの州は、現在、中道右派が基本的に勝つことになっていますので、だいたい半分強、12州くらいはだいたいどちらが勝つかほぼ確定しており、残りの6州、7州ぐらいで結果が決まります。あと、モリーゼ州は2議席なのでプレミアムがそもそもないとか、ヴァッレ・ダオスタ州は1議席なので、勝った方が1議席を取り、ここも当然プレミアムがないなどということがあります。

 これは候補者名簿で、同じく2008年選挙のものです。先ほどの投票用紙にもあったシンボルマークの下に候補者がずらっと並んでおりまして、最終的に、この政党の単位で議席が分配されます。政党の中で誰が当選するかは、ちょっと字が非常に小さいので恐縮ですが、生年月日と一緒に名前がずらっと書いてあり、この順番で当選することになります。ただ、現在は全州で重複立候補ができますので、何州から当選するかは、これもまた開けて見ないと分からないといいますか、例えば、ベルルスコーニ首相は全州で立候補していますので、自分の選んだ州から当選して、そこで候補者が繰り上がるので、その州のポストが実質的に1人分増えるというような、ちょっと問題のある制度ですけれども、そういった制度を採っております。

 選挙結果は、2008年の場合、下院と上院の間でそう大きく差がありませんで、あれだけいろいろ政党は出ていましたけれども、結果的に中道右派が、下院の場合、プレミアムにより630議席の約55%である340議席を取り、残りを中道左派や中道勢力で比例配分をしました。プレミアムが全国レベルか州レベルかが下院と上院の一番大きな違いで、あとは足切りが下院の方は半分になる程度で、骨格はほとんど一緒です。上院の場合やや僅差にはなりましたけれども、その17州+αの結果を積み重ねて、中道右派が168議席、中道左派が130議席ということですので、ほぼ下院と同じ結果になっております。

 比例代表制にプレミアムを付ける理由としては、政権の安定をもたらすためと言われておりますけれども、やはり民意を歪めているのではないかという批判もあります。しかし、プレミアムを付けること自体は、私自身は明確に問題があるとは思っておりません。ただ、結果として、どういう影響というか、問題が出てくるかを考えますと、1つはそもそもこのプレミアムを適用する場合、議会と政府の関係の安定のためという理由が、少なくとも表向きは付けられておりますので、それがこの上院の場合は十全に果たされませんので、やはり安定した信任関係をつくるという意味で問題があるのではないかと考えております。あとは、中道右派が2006年の選挙直前に選挙制度を改革したという経緯の面でも問題が指摘されているところではあります。実際においても、2006年の場合は非常に上院の選挙結果が僅差になりまして、その結果、2007年に小政党が政権から離脱し、上院での不信任によって政府が崩壊し、2年足らずで、2008年の総選挙に至ることになりました。

 以上のことから、選挙民の意思と政権の安定性とのバランスをどうとるかを考えねばならず、上院の権限が下院と対等ということで、2008年の場合、特にねじれは生じておりませんけれども、上院と下院の選挙結果でねじれが生じた場合には非常に大きな、先ほど中間的な強度の二院制と申し上げましたけれども、場合によっては上院が強すぎる二院制にもなる可能性を秘めた制度と言えます。

 そういった問題をはらみつつ、特にこの2006年総選挙、2008年総選挙が現在の選挙制度の下行われてきたところです。それでは、その上院自体を改革しようということが言われていないのかと言いますと、80年代以降、特に80年代末になるといよいよ上院と下院からなる議会の機能不全が明らかになってきており、80年代半ばから、上院、ひいてはこの上院と下院からなる二院制を見直そうという改革案が出てきております。

 どういう見直しをしているかといいますと、上院と下院の間で機能を対等に配分するのではなく、機能をそれぞれ見直して、違う機能を与えてはどうかといわれています。ちょっと先取りして書いてしまいましたけれども、それがどういうものかといいますと、上院を地域の代表にする、下院と上院を比べた場合は、下院が優位した二院制を構想するということが80年代、90年代、そして2000年以降も続けられております。

 一番古いところでは、この1985年の両院合同委員会の案というのがありますが、議会の法律をつくる機能と政府をコントロールする機能、それぞれを下院と上院に分け与えようという案でした。1997年になりますと、これもそれに近いのですが、やはり法律をつくる機能は下院に与える、政府との関係にしましても、政府に信任や不信任を突きつけるのは下院で、上院の方は少し後ろに引いてといいますか、憲法裁判所の判事や最高司法会議の構成員を選ぶ権利のほか、「州を基礎として選ばれる」という規定を踏まえ、地方自治関連法案を審議する特別会議を上院の方に設置してはどうかということが言われておりました。

 2005年になりますと、この間の2001年に憲法改正がありまして、イタリアの中でも地方制度を大きく見直しましたが、それを受けて、さらに大きな憲法改正案、最終的には成立しませんでしたけれども、はっきりと、上院はその地域代表の院ということで、名称を連邦上院として、機能自体も見直しをしています。法律をつくる機能については、それぞれ上院だけ、下院だけで審議する法案と、現在のように両院ともに審議を行う法案を分けており、やはりここでも、政府の信任、不信任という政治的な権限は下院のみに与えられています。他方、上院には、法律をつくる機能を分けた中で、国と州の両方がいわば法律をつくる権限を持っている分野がありまして、その基本原則は上院が扱う、そういった機能を与えようという案が出ておりました。

 ですので、こういった改革と現実を見てみますと、初めに挙げた3つの上院の諸類型でいえば貴族院型で始まったイタリアの上院ですけれど、1948年憲法の制定において、例えば一院制と二院制の対立とか、州をどう考えるかという対立の中で、妥協に基づいて熟慮型の性格の強い上院というものができて、それがだんだんと今度は地域を代表する、ひいては連邦制型の上院に変わりつつあるというのが現状かと思います。これに関しては中道右派、中道左派、選挙上のスローガンという部分もありますけれども、さしあたり両者ともこういった地域代表型の院にしようという点については合意がなされております。ただ、実際にどうするかは現在の連邦主義的改革と同じで、総論賛成各論反対のようなところがあろうかと思いますが、方向性としては現在、地域代表型の院が模索されていることが言えようかと思います。その背景に何があるかというと、言わずもがなですが、欧州統合の進展があり、イタリアのレベルにおきましても90年代以降、地方分権化が進んでおりまして、具体的には地方自治法典の制定や、2001年の憲法改正で地方制度を見直し、また法律のレベルでも、州の権限を強化したということもあり、こういった地方分権化の潮流がその背景にあることは確かであろうと思います。

 イタリア以外の国、ヨーロッパの中でスペイン、フランス、イギリスとか、歴史的な経緯が当然違いますので、イギリスも貴族院型の上院のいわば祖国でありますし、スペイン、フランスももちろん一概には申し上げられませんが、やはりこの欧州統合の進展と地方分権の流れの中で、レベルは様々であるけれど、こういった地方を代表する第二院という動き、潮流はイタリアに限らず出てきているところだと思っております。

Ⅰの最後に、現行の両院制をどう考えるかを少し申し上げたいと思います。やはりイタリアのような対等で差異のない二院制を、非常に積極的にそれを推すといいますか、理由付けを見つけるのはなかなか難しいというのが戦後のイタリアの経験から得た評価ではないかと思います。

 ここまで申し上げてきたように、権限や構成の違う二院制を80年代以降、憲法改正を含め模索しているところですが、イタリアで実際にどのような対策をしたかといいますと、初めに申し上げた中に答があります。つまり、上院と下院をなるべく似せようとしてきたということが答になろうかと思います。選挙年齢の違いとか、最近の多数派プレミアムを州で適用するか全国で適用するかということに関して、選挙制度改革も今まさに議論されていますが、一番簡単な選挙制度改革として挙げられているのが、その多数派プレミアムを上院でも全国で適用しよう、上院と下院の制度をいよいよ近いものにしようということが現在も言われております。

 このようにせっかく二院制ではあるものの、一院制に近いような、構成もまったく同じにして対立を避けるというふうな形で、戦後困難を乗り越えようとしてきたと言えるかと思います。日本の、なるべく衆議院と違う選挙制度をつくろうという参議院の議論とはかなり違った方向、イタリアでも権限の見直しとか憲法改正という議論はありますが、実際の議論というのは、その対極で、非常にリアリスティックというか、上院と下院を揃えて困難を乗り切ろうとしてきたということが言えようかと思います。

 ですから、ここから見ますと日本の参議院の選挙制度、半数改選は皆さまご存じかと思いますが、半分ずつ改選していきますし、任期が衆議院と違いますので、たまに同日選はありますけれど、選挙人の異なった意思を反映させる機会になっていて、なおかつ部分改選ですから一気には変わりません。さらに、政府の信任・不信任を見ましても、イタリアの場合は上院と下院で全く対等に政府を倒せますけれど、日本の場合は衆議院だけに絞っています。ここから考えますと、似ていると言われる日本とイタリアの二院制ですけれども、コアな部分でといいますか、意外と小さな違いに見えて大きな制度設計の影響といいますか、違いもあるのではないかと思います。

 あと、両院の選挙制度の関係に関連して一つだけ補足しておきますと、ならば、なぜイタリアでそこまでして困難を乗り切らなければならなかったかという問題が残るかと思います。イタリアの場合は、両院協議会という仕組がありませんので、言ってみれば制度設計上、上院と下院の意見を統一する最終的な手段がかなり弱いといいますか、基本的に上院が可決をして、下院が同じものを可決する。または下院が可決したものを上院が同じ法文で可決しなければ成立しないというところに大きな問題があろうかと思います。そういった法律をつくるという話が、Ⅱの「政治機構における議会の機能」ということになります。


 さて、ここまでは、議会の中の上院と下院という2つのアクターの関係に焦点をあてたお話をいたしました。続いては、もう少し視野を広げて、その議会と政府、必ずしも下院だけではなく上院とも関係を保った政府ということになりますが、そこで議会の機能・役割が現在どうなっているかを考えてみたいと思います。

 既に少し申し上げましたけれども、その機能といった場合に、一つ法律をつくる機能というのがありまして、もう一つが、政府をコントロールする機能ということになります。法律をつくる機能が現在どうなっているかについては、3つ特徴があります。

 1つは法律の本数の減少ということで、今日はこちらにグラフをご用意してきましたが、戦後すぐから第16議会期というのが現在、イタリアの場合は会期ではなく、選挙があって、そこから5年間、もしくは繰上げ解散した場合は短い年限になりますけれども、議会期と呼びまして、それを通算で数えていって、戦後すぐが第1議会期で、現在は16議会期目に入っております。このグラフを見ていただけると分かると思いますが、特に、この赤のグラフ、青の方は議会期当たりの本数なので、例えば5年間と2年間を比べると5年間の方が多いのは普通は明らかですから、この月あたりに直した赤の数字を見ていただくと、だんだんと減っているというのが目に見えて分かってくると思います。戦後すぐの月に30本以上つくられていた時代に比べれば、現在はだいたい5分の1ぐらいに下がってきております。

 もう一つは先ほどのスライドに戻りますけれど、政府提出法案の成立率の向上ということで、だいたい現在は70%以上成立しております。具体的に、なぜ政府が出した法案が通っているかといいますと、まず、法案自体を減らしたということがあります。もう一つは、政府法案に対する議会の影響の抑制ということで、いろいろと現在は手段がありまして、1つは「信任問題」というものです。これは、いわゆる信任とか不信任の動議を議会が可決・否決するというのではなく、普通は重要法案ですけれども、ある法案について政府の信任をかけて、イエスかノーかを問うというものです。いわば法案を通すか、政府の退陣を選ぶかという方法を現在は非常に多く使っております。これは議院規則にも定められております。もう一つは修正案の一種ですけれども、普通、法律は例えば10条とか20条ある条文からなっていると思いますが、その内容を1つの条文にまとめて、それについて議会の可否を問うということもやっております。ですから、本当は部分部分について賛成や反対ということがあるはずですし、部分部分について修正ということもあるはずですけれど、特に信任問題とあわせた場合は、全体について、政府が倒れるのは困るので可決をするけれども、実際には審議を大幅に制限するという、要は政府提出法案をプロテクトするような、そういう手段がいろいろと使われております。

 3番目は委員会立法の減少とありますが、イタリアの立法過程ということで、向かってこちら側、私の側にあるのが通常の立法過程になりまして、日本と同じだと思います。議員や政府が法案を提出して、それを委員会がまず審査をし、本会議で審議をして可決したら、もう一院の委員会に回って同じ手続きを採ります。これに対して、イタリアの場合は本会議なしで法律をつくることが認められていまして、これもファシズム時代の遺産ですが、所管の委員会が可決した法案を他院の委員会に回すというものです。さすがに上院だけ、下院だけで可決をすることは無理ですけれど、委員会だけで可決することは可能でして、それが従来は非常に多くありました。しかし、90年代以降はその数が減り、現在では法律全体の10%程度に減少しております。ここまでがいわゆる法律の状況でしたが、次に、イタリアの法体系についても簡単に触れておきたいと思います。

 今申し上げた法律の話というのが、この3番目の通常の法律の話でして、その上に憲法とか憲法的法律という、より強い法律がございます。4番目の緊急法律命令とか委任命令というもの、これはイタリアに特徴的なもので、政府が出す命令ですけれども、効力としてはこの3番目の法律と同じです。政府が出す命令というのは法律より、当然ながら選挙民の代表である議会を通っていないので、効力が劣るのが通常ですけれど、これらの場合は議会のコントロールが、緊急法律命令の場合は事後に、委任命令の場合は事前にかかることもあり、同等です。さらに、この6番目、国の法律に対して州の法律というのもあって、当然、州の法律ですから、例えばトスカーナの州法はトスカーナでしか有効ではありませんが、効力は国の法律と同じとなっております。

 さて、今申し上げた緊急法律命令や委任命令は現在、重要な地位を占めるようになっております。ざっとここに書いてある通りですけれど、70年代以降だんだんと増えてきて、緊急法律命令は今、事後的に議会がコントロールすると申し上げましたけれど、まずは政府が出すと、それと同時に議会にも送られて、議会が60日以内にそれを可決すると、そのまま緊急法律命令は普通の法律に転換されますが、それがないと効力を失うと憲法に書かれております。70年代以降、そういった緊急法律命令に頼ることが増えた結果、その転換をするための法律もまた増えまして、もともと法律が多かったところにそういった転換法律も増え、今度はその緊急法律命令を、だいたい80年代半ばですと半数以下しか転換できないという状況になり、それを受けて政府は何をしたかといいますと、同じ内容でもう1回出す、60日しか効力がありませんので、60日後にまた同じものを出すというようなことをやっておりました。

そういった形で、時代背景も90年代初頭、タンジェントポリの摘発、欧州統合の進展はじめ、抜き差しならない状況があったことは確かですけれど、90年代にそういった緊急法律命令への過度の依存が起こり、1996年には憲法裁判所がそういった出し直しは新たな事情や内容がないとだめだということを言って、現在は少し減っております。本来の役割とはまた少し違いますが、一番主要な法的な手段が緊急法律命令という、非常に異常な事態は現在なくなっております。

 ②に書いたのは現在の割合ですが、法律の効力を持つものを100として割合を出すと、だいたい普通の法律が半分弱で、緊急法律命令や委任命令でほぼ半分に近い数が出されております。これがそのグラフですが、この青いところが言ってみれば議会を通った法律で、残りが政府だけでつくれる法令ということになります。ついでにお話ししてしまいますと、4割9分くらいが議会を通った普通の法律ということになりますが、その内訳をさらに見てみますと、この一番端の青いところが緊急法律命令を転換するための法律、その次が予算法、この大きな紫の部分が条約を批准するための法律ということになっていまして、これも議会が扱っている法律ではありますが、条約を批准するための法律ですので、基本的に政府が法案を出しますし、内容自体もかなり政府のイニシアチブで決められることになろうかと思います。転換法律の修正という意味では議会のイニシアチブが当然ありますが、基になっているものは緊急法律命令、政府の出した命令ですので、これらの部分に関してもかなり政府のイニシアチブが強いということが言えるのではないかと思います。ですので、ここを簡単にまとめますと、先ほどの法律制定がだんだん減っているといった特徴とあわせて、やはり政府の立法における力の増大、影響力の高まりということが言えるのではないかと思います。

 そうしますと、今までが出てきたもの、立法機能を使ってアウトプットされたものの結果になりますが、その手続自体、議会の中でどういう変化が起こっているかといいますと、例えば選挙を縛るのが選挙法であるならば、議会の中の法律をつくる機能とか、政府をコントロールする機能を縛るのは、下院規則とか上院規則という議院規則になりますが、その議院規則を見ますと、ここに「コンセンサス型の手続原則導入」とありますけれども、対概念は多数決型、非常に大雑把な話をしますと、小選挙区制で与党と野党の間ではっきり政権交代があって、多数決で物事を決めていこうというのが多数決型であるとするならば、比例代表制に基づいて、典型的には多党制で、なるべく選挙民の意思を忠実に反映した形で政党も配置されるという、そういう体制を反映した手続原則を導入したと評価されております。具体的には、当時、キリスト教民主党、社会党、自由党、共産党等、多党制の状況にありましたが、そういった各党の代表が集まった会議が、与党も野党もなく全会一致で議会の業務計画や審議日程を決めるという、そういう原則をこの1971年に導入しまして、それが70年代以降の議会の機能不全を招いた、それだけではありませんが、政治的な対立等と相まって、いわば機能不全を招いたといわれております。

 それに対して80年代、一つは70年代の共産党も含めた政治基盤の確立といいますか、与党に入ったわけではありませんけれど、共産党までも政治的な決定をする場に加えて、その結果がコンセンサス型の手続だったわけですけれど、そういった状況が80年代に近づくにつれてなくなってきて、その機能不全も明らかになりましたから、80年代には下院規則の改正が行われました。具体的には各政党の代表者の権限を縮小して、議会をリードする者としては議長の権限を強め、それまでより審議時間を短くする方向で管理をしっかりする。1988年には「公開投票の原則化」と書きましたが、それまでの秘密投票を原則として、与党に関しても誰が反対票を投じたか分からないという状況に対して、公開投票にすることによって政党の規律を強くしよう、具体的には与党、政府の権限を強めようということになりました。

 80年代を終え、1993年には小選挙区中心の選挙制度への改革が行われましたので、それを踏まえ、90年代後半には、小選挙区制の多数決型システム、与党と野党がはっきりと政権交代を前提にして争い合うようなシステムへの適応を目指した改正も行われまして、具体的にそこで与党と野党の時間配分とか、それまでの、政党の代表が集まって全会一致で決めるというような原則を見直す改正が行われております。

 次に、「手続モデルとしての変化?」とありますけれども、そういった中で、実際に議会を政府がコントロールするような立法過程になったのかといわれますと、確かに合理化は進められていますが、今のところはまだ途上といいますか、必ずしも完全に政府優位の立法過程が実現したとは考えられません。政府の力が立法過程で強まってはいますが、まだ最終的には、手続モデルが全く変化したとまでは言えないのではないでしょうか。ただ、先ほど申し上げた信任問題とか、条文への投票方法とか、ひいては緊急法律命令のように、政府の権限は実際に強められていることは確かだと思います。

 政府をコントロールする側面についても、簡単にお話をしておきたいと思います。具体的に法律をつくるというのはだいたいイメージが湧くと思いますが、イタリアにおいて政府をコントロールする手段がどういうものかといいますと、だいたい大雑把に言うと3つぐらい、細かいものを入れると7つぐらいあります。

 1つはずっと話に出ている、内閣や大臣に対する不信任動議というものです。2番目が、議会で政府に対して行う質問です。3番目が決議です。あとは細かいところですと、予算に対して審査や議決を行う、請願の審査をする、特定の対象に対して調査委員会を設け、司法官と同じレベルの調査を行うことなどがあります。あと、大統領の選出に議会が関わるということも挙げられます。こういった政府をコントロールする議会の権限がどうなっているかといいますと、こちらもだんだんと活発化しているのではないかというのが方向性として申し上げたいところです。一つは文書質問の数を見ますと、70年代末以降増えていて、委員会における質問というのも90年代になって増えております。イタリアでも、イギリスをモデルにしてクエスチョン・タイムを導入して、毎週水曜日にテレビでも中継されたりしておりますけれど、この本会議で議員が首相とか閣僚に対して質問をするという制度も、当初よりは活発になっております。

 このように、政府に対するコントロールの面でも、ある程度、与野党それぞれの側での個別の議員に対する統制の強まりとともに、質問やクエスチョン・タイムが活発になっているのではないかというのが、この機能についての論点かと思います。そうは言いながら、ここでもやはり、一つは政府が、与党と申しましても、ずっと中道左派、中道右派のように連立政権ですので、それぞれの政党間での意見調整という意味で、単一のアクターとしては行動しがたいということがありますし、やはりこのコンセンサス型の裏にあった、議員が個別の利益のためにこういった手段を使うということも、まだ必ずしもなくなっているとは言えませんので、だんだんと変化はしていますけれど、まだ完全に変化しきったとは言えないと思います。

もう一つ付け加えるとしますと、ラジオ・テレビ放送の監督委員会のように、これまでも野党がその委員長を務める委員会があり、それらの役割が増えています。以上、法律をつくる機能に関しては、政府に代表される与党の力が強まったということは言えると思いますが、その反面で、まだ模索中ではありますけれども、この質問とか委員会のように、政府をコントロールする機能を野党がだんだんと80年代から90年代にかけて強めているのではないかというのが一つ申し上げたいことになります。


 ここまでがⅠとⅡの話になりまして、最後のⅢとして、EUとの関係、州との関係というところを簡単に申し上げたいと思います。今まではイタリア1国の話が中心でしたが、欧州統合の中、イタリアも国内だけでとどまっておられないというのはこの議会に関する話も同様でして、まずはEU法の影響ということです。当然ながら90年代初頭の前後が一つのエポックになるとは思いますが、70年代末に欧州通貨制度に参加して以来、市場統合や通貨統合に至る過程でだんだんとEU法の影響が強まっていった面もあると思いますし、議会に関連する法律の面で申し上げますと、これは1984年の憲法裁判所の判決になりますが、当時、ここでEC法が直接適用されることが認められました。ただし、規則や一部の指令以外については、そのEC法の直接適用ではなくて、イタリアの法律を介して適用することが必要です。

 このEC法に反するイタリア法は不適用ということになりますが、現在はもう少し広がってEU法ということでよろしいかと思いますが、そういったものを適用する際の、いわば現在の根拠条文というのがこの下に書いてあります。もともと、この憲法11条「他の国々と等しい条件の下で各国の間に平和と正義を確保する制度に必用な主権の制限に同意する」、これが一番根本になる条文です。この117条の1項、5項というのは2001年の改正後の条文になりますが、こういった憲法上の規定に則って国内でEU法を忠実、完全、正確に置き換えていくということで、言ってみればイタリア議会の法律をつくる機能はいわば制約を受けているという形になります。

 そうは言いながら、EU法を適用するからイタリア法に対して制約がかかっているということだけではなくて、逆にイタリア議会、これはイタリアだけに限りませんけれども、各国の議会がEUの立法過程、EUの法律というか規則等ですけれども、立法過程に対して何らかの影響力を及ぼせるのではないかというのが次の論点になります。具体的には、各国の議会が各国の政府の活動を監視することでEUにおける立法過程に影響を与えられるのではないかということがこの1つ目のお話になります。

 具体的にイタリアでも80年代後半以降、こういったEU法に対する取組が行われておりまして、ちょっとここでは深入りせずに名前を挙げるにとどめますけれども、80年代末に法律が2つ制定されまして、ここでも議院規則を挙げておきましたけれども、共同体政策のための特別委員会の設置等をしております。2005年の法律11号というのが、現在このEU法とイタリア法の関係を考える場合に根本になる法律になりまして、この2005年法と議院規則を見るとEUとの関係が分かるようになっております。

 具体的にどういうことかといいますと、この「監視機能の強化」というのが、例えばリスボン条約でも触れられておりますけれど、イタリアのレベルでもこの2005年11号法により、いくつかの面で監視機能の強化ということが実際に行われておりまして、ここでは一番主な点を3つ挙げております。

 1つは、議会に対して情報提供する機能を強化したことが挙げられます。具体的には、EUレベルの法案等の文書を規則的に議会に対して通知をするというのが1点です。その情報を基にして議会が審議をすることになります。2番目が、議会の他に州や県、コムーネ、経済労働国民会議のように、国のレベルのいろいろな機関、主体をEU法の形成に参加させるようにする。3番目に「議会審議待機」とありますが、イタリア議会がEU法案を審議している間は、政府はEUレベルで活動をストップすることにより、事前審議を確保することを定めております。このように、議会をはじめとしたイタリアの国内アクターが、EU法の形成過程に対して影響力を及ぼせるようになっているということが言えようかと思います。

 もう一つの側面、今度はそのできたEU法を国内で実施する側面に関しては、これは「共同体立法による審議合理化」と書いてありますけれど、1989年、先ほど名前だけ挙げましたラ・ペルゴラ法により定められています。仮に「共同体立法」と呼んでおりますが、EU法によって義務付けられた事項について毎年1本政府が法案を出し、例えばEU法と両立できない法令を廃止するとか、新しい義務付けを受けたものを実施するための規定を盛り込むとか、政府に対してそういう義務付けを委任する規定とか、要はEU法を実施するために関連規定を全てまとめて1本にして毎年出しているのがこの共同体立法です。そして、特別な手続を設けまして、審議を合理化し、迅速な実施を実現しております。

 同じようなことは州と国の関係に関しても言えるのではないかというのが、この「州法の影響」という点です。どういうことかといいますと、州の国レベルの議会への参加、国の法律の成立に対して州が影響を及ぼせるのではないかということと、もう一つは、州法に対してこれまで強かった国、いわば議会ということになろうかと思いますが、その関与を制約していこうという、その2つの面があるのではないかと思います。

 具体的に、現行の1948年憲法は行政面、財政面、立法面で州の自治権を規定しておりますけれど、だんだんとその権限委譲が進められており、その画期が2001年の憲法改正ということになります。そこで、国と州の立法権限を大幅に見直しまして、これがその旧条文と現行条文です。それまでは旧条文、私の方にある方ですけれど、州は国の法律が定める基本原則の枠の中で、列挙された事項の細目を定めることになっていました。その州に帰属する立法の範囲も、具体的にこの下に挙げられているものに限られておりました。

 それに対して、今度はそれを逆転しまして、現在の条文では国が排他的な立法権を持つ権限分野を具体的に挙げておりまして、その他に関しては競合的な立法分野もありますけれど、残りは州が基本的に立法権限を持っているという規定ぶりになっております。このように一つは州の権限自体、立法権自体を見直したということ、あとはそれまでは、国の法律が定める基本原則を州法は守るとか、国の利益や他の州の利益との適合性を確保するという条件が付けられていましたが、それがなくなって州法に対する統制も事後的に憲法裁判所によって行われるように変わっています。つまり、立法権自体が広範になり、制限もより緩やかなものになっているということが言えようかと思います。

 もう一つ、州の国法への関与ということでは、1988年に国家-州会議という会議が設けられており、これは州の代表者が出ている会議ですけれど、それが1997年には常設化されています。この機関は州の利益に関わる国の法令に対して意見を述べるものですが、その意見自体も1990年は59件だったのが2006年は325件というふうに非常に増加しております。2001年の憲法改正では、まだ実際には行われておりませんけれども、州問題に関する常任委員会への州の代表の参加を定めておりますので、こういった国レベルへの州の参加もさらに大きくなっていくかと思います。

 これまで州は、必ずしも参加する主体というよりは、国の立法に対してまだ諮問される立場であったのが、実際にその担い手になりつつあり、言ってみれば国の議会自体もそういった州を代表する主体を加えて調整を行う、これまでの純粋な立法の主体からだんだんと複数の主体を調整する役割を強めているのではないかということが言えようかと思います。

 さて、もともと予定していた時間も近づいてきましたので、ごく簡単に、やや駆け足だった部分もありますので、申し上げたことを簡単にまとめておこうかと思います。一つは一番初めに申し上げた、上院の成立と経緯という件に関しましては、一つは1948年以降、結果として下院や政府の抑制を目的にして上院は設置されたことになるかと思いますが、選挙制度等を通じて構成を似せることによりその影響力は抑えられながら、ただ、下院とのバランスが崩れた場合には強い上院になることが示されてきたかと思います。

 それに対して90年代初頭以降、政府の強化とか、比例代表制から小選挙区制に選挙制度が変わったとか、その結果、二大政党連合ではありますけれども、政権交代など二大政党制に近い政治体制になってきたということが、表面的な部分もあるかとは思いますけれども出てきて、それが完全に対等な二院制という制度との間で軋轢を強めているのが現状かと思います。それを受けて連邦制化とともに上院の権限を今よりは弱めて、州を代表する機関にして、立法権の見直しとともに二院制を見直そうとしているというのが現状としてあろうかと思います。

 二番目の話については、立法機能等のイタリア議会の機能を簡単に申し上げましたが、法律をつくる機能自体は、一つは政府による立法の増大とか、EUの影響が強まっているとか、州との関係においても憲法改正を経て権限配分が見直されているということを受けて、縮減される方向にあることは言えようかと思います。その一方で立法過程自体は80年代以降、一定の合理化が進められてきて、もう一つの機能、政府をコントロールする機能も国内的には80年代以降クローズアップされてきておりますし、EUとの関係においても議会による事前審議のように監視機能が近年強化されていることが言えようかと思いますので、議会の機能自体の見直しが進められているのが、まさに進行中ではありますけれども現状であろうかと思います。

 最後に、日本との比較をしながらお話をしましたけれども、このようにそもそも二院制自体に見られる共通性とか、あとは連邦制ではない両国、もちろんイタリアと日本の間にも地方分権というところでは差があろうかと思いますけれども、そういった単一国家の中で、グローバル化ということももう一つありますけれども、法の分権化が進められているというところでもまた参考になるのではないかと思っております。

 今日は選挙制度に関しては非常に簡単に済ませてしまいましたが、またご質問等ありましたら適宜おっしゃっていただければと思います。では、1時間半ほどになりましたので、いったんここで終わらせていただこうかと思います。どうもご静聴ありがとうございました。(拍手)



【橋都】 芦田さん、大変中身の濃いお話をしてくださいましてどうもありがとうございました。いかがでしょうか、いろいろ質問をお持ちの方もおられるかと思いますけれども。じゃあ、遠藤さん。

【遠藤】 どうもお久しぶりです。何かすごくふくよかな感じになられた、気のせいかもしれませんけれど。イタリアに行くとだいたいそういう感じで帰ってくるんです。私もたっぷり脂肪を付けて帰ってきました。いや、私は脂肪を付けて帰ってきましたけど、芦田さんはただふくよかになって。

 質問をさせていただきたいんですが、いつも我々もEUの法律をよく読むんですが、EUの法律とイタリアの法律との関係ですけど、いわゆるEU規則、コミッションレギュレーションというやつと、EU指令、コミッションディレクティブというのがあって、コミッションレギュレーションは直接、各加盟国に適用されると。それからEUディレクティブ、いわゆるEU指令というものは各国の国内法を制定してというふうにいわれております。先ほどの芦田さんのプレゼンの中では、EUの法律はイタリアの法を介して適用されるということですけど、具体的にEUレギュレーションというのはEUのホームページからダウンロードして見られるEUレギュレーションそのままをイタリア語に訳して法を適用しているんでしょうか。EUディレクティブというのはイタリアの法律を介して適用されるというふうにいろいろな文献には書いてありますけど、具体的にイタリアの法を介してといったときには、いろいろなことが考えられまして、EUのもとのディレクティブにさらにイタリア国内で、おおもと反しない程度でいろいろな細かい規定をつくって運用しているのか、それともあくまでもEUのディレクティブというか、EUの指令そのままを遵守して運用しているのか、具体的なEUの法体系とイタリアの法規の具体的な運用の仕方というものをもしお分かりになっていたら教えていただきたいということ。

 もう一つありまして、これはちょっと生臭い問題でもあるんですが、民主党がマニフェストにも全く書いてないにも関わらずどさくさに紛れて、外国人参政権を通そうかということをやっていたという話はご承知かもしれませんが、地方における外国人の特別定住者等の参政権を認めてしまおうというのをどさくさに紛れて公明党と一緒になってやろうとしていたんですが、民主党に逆風が吹き始めて、今は下火になっています。

 そのときのいろいろな論争を見てみますと、推進派の方、つまり民主党側はEUではこういうのが認められているんだと、主要国で認めるならOKというような言い方をよくやっているんですが。かたや反対の党は、いや、EUはEUの市民だけに認めていると、EUの国にいる人だけを認めていて、他の国からEUに来たような人たちには認めてないというような議論があるんですが、その辺の事情、背景なりをもしご承知であれば、教えていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

【芦田】 1番目のお話ですけれど、まさにおっしゃった通りで、先ほども、規則と一部の指令も若干入るかと思いますが、それは直接適用で、レギュレーション以外の法令は国内法令を介した適用が必要だという話を申し上げたと思います。規則の方はそういうわけで、そのままイタリアでも適用されるということになると思いますが、例えば残りの指令に関しては、そのままというよりはいろいろとそれを踏まえた条文が、一定の裁量の範囲内でイタリア法として制定されているということになろうかと思います。

 また、それをイタリア議会がつくればいいのですが、それをそのまま政府レベルの規則に、要は府省に丸投げするということが今度は問題になりまして、結局そうしてしまいますと議会のコントロールがつかないという問題が出てこようかと思います。

 2番目の外国人の問題については、ちょっと私も資料を持ってこなかったので正確なことは申し上げにくいのですが、イタリアの地方には3つのレベルがあると申し上げました。州と県とコムーネ。また、さらにその下にチルコスクリツィオーネ(circoscrizione)やクアルティエレ(quartiere)というのがあって、日本でいいますと「地区」みたいなイメージでしょうか。実際にそこでの選挙を見ていますと、同じような日にやって、さっきありましたような候補者名簿とか選挙結果も同じように掲示してあります。そのレベルだとEU以外の外国人の参加の可能性もあると思いますが、コムーネレベルになるとイタリアでもEU以外の外国人が参加してということはないと思います。イタリアの場合、チッタディナンツァ(cittadinanza)、市民権のような言葉で表され、微妙にずれるところも出てくるかと思うのですが、いわゆる外国人が政治に参加してという意味ですと、コムーネ以上、また、国のレベルと段階的に制限が厳しくなるというのが私の感覚です。

【橋都】 他にいかがでしょうか。それでは私からちょっと質問したいんですが、上院の改革案が出ているということで、上院は地方を代表するような方向に向かうという話があったんですが、実際に州の権限というのは増加しつつあるのかということ、日本の地方自治体と比べてどの程度権限を持っているのか、そのあたりをちょっとお話しいただきたい。

【芦田】 そうですね、まず、国と州の権限、特に州の自治権ということを考えた場合、先ほども申し上げましたけれども、行政的な自治権があって、財政的な自治権があって、最終的に立法的な自治権ということになると思います。行政的自治権に関しては、すでにかなり州に権限は与えられているという気がします。財政的な部分が今まさに連邦制云々ということで言われているところです。手法としては、これもまた政府への委任が非常に大きなウエートを占めています。やはりそもそもの財源自体、必ずしも州に与えるものが十全ではなく、まだ今は完全なものではないと思います。

 立法的自治権に関しては、州について2001年以降、憲法レベルで権限が広げられておりますし、実際に州法で、例えば先ほどの移民問題に関しても、先進的な立法を行うということも行われていますので、実体は十分出てきていると思います。ただし、国法と州法との権限配分について、残りの権限は州に与えるとは書いてありますが、州に与えるけれども国の立法を排除しているとは書いてないので、憲法裁判所の判決によって、例外的な部分ではありますけれども、本来は州に与えられていると普通なら読める部分を、国の立法で補うことも全く排除していないわけではないと解されているなど、今は様々な事例の積み重ねが行われている段階だと思います。

 例えば、立法スタッフなどを見ましても、今は州レベルでもだんだんと充実してきていますので、そういう意味で体制はできつつあると思いますけれども、ちょっと今日のこの州のお話というのはまだ少し類型的な部分が大きいので、実際にまた個別にお話をしていくと、大枠はこういう枠組ですけれども、例外とか、もちろん州の権限が強まってはいますが、まだ必ずしも決着が付いてないグレーゾーンとか、それまでの国の権限で若干残っているものもあります。憲法裁判所の判決自体も、今は過渡期だからそういう例外を認めているという説明をしているので、将来的にはそこも解決はされると思いますが、今の段階ではそういう状況かと思います。

【橋都】 ありがとうございました。はい、どうぞ。

【山田】 すみません、ちょっと初歩的な質問ですけれども。私は1980年代の選挙制度しか記憶にはないんですけれども、その頃の候補者というのは一人一人特定されるのではなくて、政党の中の名簿でばっと政党の数が決まると、それで決まってしまったのではなかったかと思います。ですから議員も政党の中での序列で選ばれていくわけです。先ほど示された投票用紙に名前を書く欄が全然なかったようですので、やっぱり政党の中で1番から選んで、そういう序列で何人か通ると、そういう形でございましょうか。

【芦田】 今おっしゃられた80年代の選挙制度、これは現在の欧州レベルの投票用紙で、必ずしもまったくイコールではありませんが、80年代の国レベルの選挙制度にかなり近い形を残しておりまして、具体的にこのシンボルマークの横のところ、ここに罫線があると思いますが、これは何かというと、ここに候補者の名前が書けるようになっていまして、80年代の全国レベルでも書いた名前で順番が決まっておりました、現在はいわゆる拘束名簿という名簿の順に当選する仕組ですが、この当時は選好投票という、投票する者が自分で選びたい人の名前を脇に書いて、名簿の中に書いてある名前ですけれども、その多い少ないで順位が決まりましたので、候補者自体に選挙運動をするモチベーションがあったというか、自分で頑張ればその順位が上がっていくという意味で、投票人と選ばれる側との関係が強かったというふうに今では言われております。

 そういう意味で、今おっしゃられた話でいうと、当時は一応選べて、その選ぶ人数も時代によって複数であったり、1人であったり、それによって持つ意味合いも若干変わっておりました。また、要は日本の中選挙区制と同じで、同じ政党の中で争いがあったからキリスト教民主党の中でも派閥があったというような話が出てくるのは、選挙制度の面でこの選好投票があったからということになります。

【橋都】 はい。

【猪瀬】 すみません、3点あるんですけど。第1点は上院と下院の権限の関係です。最初の方で、日本とイタリアは同じグループの中に入っていましたけれども、日本では一応ほぼ同じだけれども、やっぱり下院の優越というのが認められているように思うんですけれども。ただ、お話をお聞きしていると、上院はさっきみたいに内閣の監視だとか、地方の代表だとかになって、下院が立法の方でしょうか。ちょっと役割を分担してきているように思うので、日本のシステムというのは何かプリミティブな若干の優越ということで、どうも両院の機能があんまりうまくいってないなという気がするんですが、その点はいかがでしょうか。

【芦田】 まず、今日申し上げたイタリアの改革案は、また実現していないあくまで案の段階のものですので、かなりドラスティックに見える部分があるかと思います。また、政府のコントロール機能について、現状では、基本的に下院も同じものを持っています。ですから、下院でも質問等が行われます。憲法改正案について言えば、2005年のものは、議会では承認されており、それが実現していれば非常に違ったものになっていたと思います。ちょっとざっくりした話ですけれど、権限が対等ではなく両院の構成も異なる二院制になっていたかと思います。

日本の場合は、おっしゃるとおり、衆議院の優越は、例えば法律案に対して3分の2の再議決という形で認められています。今は小選挙区制になって、思ったより簡単に3分の2を衆議院で得られるようになりつつありますけれど、本来は3分の2という数が非常に高いハードルなので、参議院の力が強くなり、両院の関係が必ずしもうまくいかないという議論になるのではないかと思います。

【猪瀬】 2点目はさっきの遠藤さんのご質問と関係があるんだろうと思うんですが、共同体立法のことが書いてありましが、あれはそういう法律がもうできていて、毎年EUの法律が変われば、政府が決めればそのまま議会で決議しなくても有効になると、そういう法律なのでしょうか。

【芦田】 先ほど説明を端折ってしまったので申し訳なかったのですが、EU法は非常にたくさん出てまいりますので、毎年どうしても措置が必要になってまいります。具体的な手続を見ますと、まずイタリア政府が毎年1月末までに必要な措置をまとめた法案を議会に提出します。要は、期限を区切るということが重要かと思います。そして、府省や州の調査の後、3月1日までに所管委員会と欧州連合政策委員会にそれを送ります。そうすると今度は、所管委員会は、送られてきてから15日以内に報告をまとめなければならず、欧州連合政策委員会も30日以内に審査を終えないといけないというように、要は日数を区切っていって遅れがなく実現されるよう、手続を定めたということです。自動的ではありませんが、さりとて期限を超えて遅延しないように、イタリア議会の場合は“結局たなざらし”ということが非常に多いものですから、それがないように特別のファスト・トラックを作ってやっているのが共同体立法になります。この基になったのが、80年代に設けられた予算法の手続で、予算とEU法については先にやろうということです。さらに、今度は政府の重要法案についてもそういう特別な手続をつくろうといった話も議院規則改正の中でしていますけれど、今のところは予算と共同体立法までということになります。

【猪瀬】 3点目は州法との関係ですけど、州法の方からいうとポジリストからネガリストに変わったわけですけれども、それによって州法の制定の件数というのは飛躍的に増えているのかどうかというのは、その点はいかがでしょうか。

【芦田】 そうですね、ちょっと私も今日は資料を持っていないので正確には答えられませんが、必ずしも重要性が増えたから数が増えるかといわれると、そうでもない部分があろうかと思います。例えば、個別の事項や実施規定を州法で定めていると、例えば日本でいうと政令とか省令が多いというイメージで捉えますと、州法の数自体はむしろ多かったかもしれません。また、州レベルでもだいぶ違っていて、私がいたトスカーナ州は先ほども少し申し上げましたが、先進的な立法を結構、州法でやっていますけれども、必ずしも20州すべてで先進的な試みを数も多くやっているかというと、それはないと思います。今日はあまり選挙の話はしませんでしたが、州議会の選挙法、これまで国が決めていたのが、今度はこの分権で州がその法律自体を決めるようになっており、それを各州について見てみたところかなり違っていまして、トスカーナ州は体系的な選挙法を定めました。これに対して、従来の国の法律を1条いじるだけで終えている州もあります。そして、同じ立法でも、新たな制度を定める1本と改正の1条文の1本とで、これが同じかと言われると違うということもありますので、一概に言えない部分もあろうかと思います。

【猪瀬】 ありがとうございました。

【橋都】 他にもいろいろあるかもしれませんが、そろそろ時間となりましたので、これで例会を終わりたいと思います。皆さん、もう一度芦田さんに拍手をお願いします。(拍手)

 


(なお、報告中、意見にわたる部分は、報告者の私見である。)