2021年講演会レポート

バロックオペラの愉しみ(概要)

第490回例会  

日時:2021年12月15日(水) 20:00~22:00  (質疑応答含む)

演題: バロックオペラの愉しみ

概要:バロック時代の花はオペラだった。ヴィヴァルディ は 90以上のオペラを書いたし、ヘンデルもイタリア語台本のオペラ(イタリア・オペラに分類され る )を書い ている 。

バロック・オペラに関しては、過去の作品の発掘、蘇演がこの30年続けられ、バロック音楽の地平がすっかり変わったと言ってもよい(かもしれない)。これまで過小評価されてきたポルポラやヴィンチ、ペルゴレージと言ったナポリ派のオペラ作曲家が華々しく蘇りつつある。

バロック・オペラ復活の鍵となったカウンターテナー興隆の歴史をひもとくとともに、今年のバイロイト・バロック・オペラ祭(ポルポラ作曲の《カルロ・イル・カルヴォ(カルロ禿頭王)》が上演された)を例に、演奏と研究の最前線の一部をご紹介したい。

また、バロック・オペラは、ロマン派以降の音楽とは異なり、ある機会(皇帝の誕生日、妃の誕生日、王子の結婚などなど)のために作られたものが多いので、その機会と台本の関係に着目したい。ナポリやローマで、王侯貴族・枢機卿などがパトロンとして作品、作曲家、リブレッティスタとどう関わっているかにも触れてみたい。 (辻 昌宏)

講師:辻 昌宏氏(つじ まさひろ 明治大学教授)

講師略歴:1958年 大阪生まれ 、 6歳まで 大阪、その後、埼玉で育つ 。

明治大学教授。 英詩、イタリア文化を教えている。

1995−96年 および 2008年 にシエナ 大学で客員研究員。

現在 フィレンツェ大学客員研究員 2022年 3月まで )。

共訳書に、ジョーゼフ・カーマン著『ドラマとしてのオペラ』(音楽之友社)、マリーナ・ボアーニョ他著『君の微笑みーエットレ・バスティアニーニ ガンと闘い歌に生きたその生涯と芸術』、レッジョ・チルドレン『子供たちの 100の言葉―イタリア /レッジョ・エミリア市の幼児教育実践記録』、『ルイ・マクニース詩集』、著書に『オペラは脚本(リブレット)から』(明治大学出版会)がある。

 

12月15日、イタリア研究会第490回例会が開かれました。2021年最後の例会です。イタリア研究会もご多分に漏れず、今年もコロナに翻弄されましたが、運営委員の岡田さん、佐藤さんを中心として工夫を重ね、無事に例会を積み重ねることができた事を、会員の皆さまとともに喜びたいと思います。 

例会講師は明治大学教授の辻昌宏先生、現在サバティカルでフィレンツェに滞在中で、フィレンツェからの講演でした。演題名は「バロックオペラの愉しみ」です。最近ヨーロッパを中心にバロックオペラが注目され、埋もれていた作品も次々と上演されています。それにはさまざまな要因が関係していますが、オペラそのものの行き詰まりは大きいと思われます。ヴェルディ、プッチーニである意味で頂点を迎えた後に、リアリズムに、あるいは政治主張やメッセージ性を持たせる方向へと進んだオペラが、単純に面白くないと聴衆からそっぽを向かれるようになり、素直に楽しめるバロックオペラに向かったという側面があると思われます。またバロックオペラをになっていたのはカストラートの超絶技巧でしたが、その伝統が途切れていたところに、カストラート並みの技巧と声量をもつソプラノ(チェチリア・バルトリら)やカウンターテナー(フランコ・ファジョーリら)が登場して、オリジナルの素晴らしさが再認識された事も大きかったと考えられます。

 

また音楽学者や演奏家の努力によって、永年埋もれていたバロックオペラの楽譜が発見され、蘇演(再上演)されることで、その魅力が再発見されました。辻先生はバロックオペラがロマン派以降の音楽と異なるのは、天才が作る唯一無二の作品というよりも、脚本家、作曲家、歌手の共同制作という側面があり、同じ脚本から、各都市でまったく異なるオペラが上演されるのが普通だったという例を挙げておられました。辻先生の所論では、ロマン主義はナショナリズムと親和性が高く、統一ヨーロッパを目指すこの時代には、ロマン主義のデトックスが必要である。そのためには汎ヨーロッパ的なバロックオペラが最適であるという事でした。 

辻先生、ユーチューブ画像を交えての楽しい講演をありがとうございました。昨日初めてバロックオペラの魅力を認識された方も多かったのではないでしょうか。(橋都浩平)

 

ダンテ『神曲』の時代を超えた先見性(概要)

第489回例会   

日時:2021年11月18日(木) 20:00~22:00  (質疑応答含む)

演題: ダンテ『神曲』の時代を超えた先見性

概要:『神曲』は14世紀初頭の中世の作品ですが、シュールレアリスムを思わせる描写や時代を超えた現代的な発想が随所に見られます。今日、専門家以外がトマス・アクイナスの『神学大全』を手にすることはありません。それは単に神学書だからという理由だけではなく、その対象がキリスト教に限定され、

その論理がキリスト教に最適化されているため、キリスト教を信じない人にとって読む価値が乏しいからです。これまで無数のベストセラーが読まれなくなりました。ベストセラーになったということは、その時代に最適化したからです。時代が変われば、時代遅れの作品として 忘れ去られます。ベストセラーのようにその時代の価値観で意味が解釈され尽くされてしまう作品は、時代が変われば、廃れていく運命にあります。『神曲』が現代でも読まれるのは ひとえ に既成の価値観に従わなかったからであり、時代を超

越した視点を備えていたからです。『神曲』の時代を先取りする興味深い発想を、文学や神学、ジェンダーの視点から取り上げ、『神曲』の興趣尽きない魅力を紹介致します。(藤谷道夫)

講師:藤谷 道夫氏(ふじたに みちお 慶應義塾大学文学部教授)

講師略歴:

1958年広島県生まれ。慶應 義 塾大学文学部仏文科卒。筑波大学大学院博士課程文芸言語研究科文学(西洋古典学)専攻課程修 了。フィレンツェ大学に留学。現在、慶應義塾大学文学部教授。専門は、西洋古典文学(ギリシャ神話から古代ローマ文学まで)とダンテおよびキリスト教神学、科学史。邦文著書に『ダンテ「神曲」における数的構成』(慶応義塾大学出版会)、『ダンテの「神曲」を読み解く』(教育評論社)訳書に、マリーナ・マリエッティ『ダンテ』 (白水社クセジュ文庫 )、『神曲』地獄篇第 1歌 -第 17歌(河出書房新社)など。

 

ダンテ・アリギエーリは1321年の9月に亡くなりましたので、今年は彼の没後700年です。世界中で記念行事が予定されていましたが、コロナ禍のため人が集まる催しの多くは中止となってしまいました。しかしイタリア研究会がこの記念の年を放って置くわけには行きません。昨11月19日のイタリア研究会第489回例会では、日本のダンテ研究の第一人者慶應義塾大学文学部の藤谷道夫教授による講演「ダンテ『神曲』の時代を超えた先見性」がオンラインで行われました。 

神曲の精緻な読み込みで知られる藤谷先生の講演ですから、とてもそのすべてを紹介することはできませんが、いくつかのポイントを要約してみたいと思います。先生がまず指摘したのは、ダンテの表現の斬新さです。“太陽が沈黙する”に代表される視覚と聴覚とを融合させた共感覚表現、あるいは現在の言葉でいえばゴチック小説的な、自分の頭を燈代わりに手に持って歩く男、首が180度ねじ曲げられて、顔が後ろ向きになっている人間、血を流し言葉をしゃべる樹木などの描写などです。こうした怪奇なイメージの数々からダンテは幻視家のように思われがちですが、実際には科学者の精神を持っており、きわめて科学的な描写も認められます。地獄や煉獄で、ダンテの足元の石が動くことから、喉仏が動くことから、そして影ができることから、死者ではなく生きている生身の人間である事が見破られる場面です。

 

神曲には現代的なメッセージも多く含まれていますが、ダンテが不作為の罪を糾弾している事は特記すべきでしょう。ただ生きているだけの人間は真に生きてはいなかったために、死ぬ権利もなく、煉獄で他の霊たちと一緒にただ右往左往するほかはないのです。東洋的な言葉を使えば、成仏することができないのです。また悪をなした人間の魂は、その時点で地獄に落ち、残った肉体は悪魔に乗っ取られて、それまで通りの生活を続けます。これもなかなかに恐ろしいイメージです。 

最後にダンテの当時としては超革新的なジェンダー感を述べておきましょう。さまざまな神話をを見れば明らかですが、古代から女性は男性に救われる存在でした。さらにキリスト教の教父たちは、女性には理性が欠けているとして、男性に教育してもらう存在に貶めていました。しかし神曲に登場する女性たちは知性に満たされ、むしろ男性を導く役割を与えられています。これは聖書とくにパオロの書簡の教えには反しており当時としてはきわめて革新的であったと言えるでしょう。

 

講演終了後の質問コーナーで藤谷先生は、イタリア半島には歴史上3人の天才が生まれている。それはカエサルとダ・ヴィンチとダンテであると言われましたが、まさにその通りだと思います。またダンテが教皇たちを糾弾しているために、彼を反キリスト教的と考えるのは大きな間違いで、彼は“ひとりぼっちの宗教改革”を目指していたという言葉は印象的でした。藤谷先生、ありがとうございました。

(橋都浩平)

 

細部が語る都市・建築の歴史『古代ローマ人の危機管理』(概要)

第488回例会    

日時:2021年10月16日(土) 17:00~19:00  (質疑応答含む)※開場は 16:50 

演題: 細部が語る都市・建築の歴史 『古代ローマ人の危機管理』

概要:

考古学者や建築史学者は遺跡のことを「現場」と呼ぶことがある。建築では「工事現場」という使われ方もあり馴染み深い言葉であるが、おそらく実測や発掘など何らかの作業が行われている場所という意味だと思う。しかし、私を含め建築史学者の場合、当時の人々の「生活の現場」という意味でも使う。古代の人々は「モノ」として、生活の現場を我々に残してくれたのである。また、建築学ではモノに対して「コト」という単語がある。最近ではコト消費のように、体験や経験を指す言葉としてよく目にするが、建築学では英語でアクティビティあるいはイベント 、つまり出来事に近い。建築史学者は遺跡を舞台にして、そこで何が起こっていたのか?に思いを巡らせる。さらに、建築には「神は細部に宿る」という言葉もある。これは 20世紀の建築家ミース・ファン・デル・ローエが好んで使ったが(彼のオリジナルではないらしい)、モノの造 り手として、細部こそが建築の本質を示すのだという意味である。 今年 5月に 上梓した 「 古代ローマ人 の 危機管理 」 は 、 30年以上にわたって「現場」に通った研究者が「細部」に注目して「コト」に思いを巡らせた研究の一部である。現場に「臨場」する感覚でお聴きいただければ幸いである。(堀 賀貴)

 

講師:堀 賀貴 (ほり よしき 九州大学大学院教授)

講師略歴:  

1964年三重県生まれ。京都大学大学院工学研究科建築学専攻 、 日本学術振興会特別研究員,海外特別研究員(マンチェスター大学美術史および考古学学科)、山口大学講師、同准教授を経て現在九州大学大学院 人間環境学研究院教授。 2012年 2013年ケント大学ヨーロッパ文化・言語学部客員教授、 2015年 2016年オックスフォード大学訪問研究員。

 

10月16日(土)イタリア研究会第488回例会がオンラインで開かれました。講師は九州大学大学院人間環境学研究院・都市建築担当教授の堀賀貴先生、演題名は「細部が語る都市・建築の歴史『古代ローマ人の危機管理』」です。 

堀先生は建築史がご専門で、ポンペイ、ヘルクラネウム(エルコラーノ)、オスティアという3つの古代ローマ都市を研究されています。その研究手法は、発掘を行うのではなく、発掘された都市を高性能のレーザースキャナーでスキャンして、無数の点の集合として記錄、それを高性能ワークステーションの中で3次元構造として構築し、建築の構造や使われ方を研究するというものです。これは理念よりも「モノ」・記錄(データ)を重視することによってこそ、街や建築の真の姿が見えてくるという基本的な信念に基づいています。こうした方法によって、一般の人たちの思い込みはもちろんのこと、学者たちからも定説として信じられていたことの訂正に至ることも多々あるという事を、多くの例を提示しながら話してくれました。 

ヨーロッパの人たちにとっては、ギリシャ・ローマの文化は自分たちの西欧文化の源流の一つであるために、どうしても理想化してみる傾向があり、また自分たちの現在の街並みを元にして敷衍して考えてしまいがちです。しかしローマ時代の実際の街造りでは、必ずしも明確な都市計画に基づいて街が建設されたわけではなく、建物の統一性もそれ程無かったという事です。最後に堀先生はラファエロが古代彫刻の正確な計測を行っていたことを例に挙げて、人間には「Homo Librens」すなわち「測る人」という一面があり、今後も遺跡の正確な測量を続け、古代ローマ人の生活の様子の再現に貢献したいと話されましたが、何よりも早く現地に戻って仕事を再開したいということでした。先生は今年の5月に「ローマ人の危機管理」という本を上梓されましたが、この本を書いていて分かったことは、古代ローマ人も現代人と同じく、自分だけは火災、水害、疫病、盗難といった災害には遭わないと思い込んでいるということだったそうです。 

堀先生、貴重で膨大なデータを分かりやすく面白くお話し下さりありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント〜モーダ・プロンタ(既製服)・高級車の事例から〜(概要)

第8回オンライン講演会

日時:2021年 9月 29日(水)  20:00〜 21:30 JST・ 質疑応答含む) )※開場は 19:50

※講演会質疑応答終了後、引き続きオンライン懇親会を行います(ご参加自由)。

演題:イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント

~モーダ・プロンタ(既製服)・高級車の事例から~

概要:戦後、アルマーニなどのスタイリストは、チネチッタと協業することで成立したローマの高級仕立服(アルタ・モーダ)とパリのオートクチュールの両方から距離を取り、既製服(モーダ・プロンタ)の量産化にミラノで成功しました―かくしてミラノは世界のファッションの中心となりました。そして、高級車のデザインについては、デザイナーらは、過去の諸モデルを美学の観点から系統的に整理

把握しており、新車をデザインする際、傑出した“かたち”を備えた過去の諸モデルを参照しています。言い換えれば、思い付きによるデザインを避けています。

美観 を備えた過去のモデル(かたち;フォルム)は、当該自動車会社にとって自社のアイデンティティを決定するような重要な無形財産と言えます。

前週の第 487 回例会に続いて、イタリアのファッション(アルマーニ、フェレ、ベルサーチェ、ミッソー

ニ、クリツィア等)および高級車(フェラーリ;マセラティ)のデザインプロセスについて説明します。

講師:小山 太郎 (こやま たろう 中部大学工学部講師)

講師略歴: 1969 年兵庫県生まれ。 早稲田大学商学研究科博士後期課程修了【 経済学 博士(京都大学)】 。専門は、イタリアのデザインマネジメント。著書:「イタリアのデザイン思考とデザインマネジ メント」(三恵社)、論文「 イタリアのファッションブランド―そのアート思考とデザインマネジメントについて― 」『商品開発・管理研究』 Vol.18(1)(2021 年 など。(小山太郎)

 

9月29日、イタリア研究会第8回オンライン講演会が行われました。これは9月18日に行われた第487回イタリア研究会例会の続編という位置づけで、講師は同じ中部大学講師小山太郞さん、演題名は「イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント〜モーダ・プロンタ(既製服)・高級車の事例から〜」でした。ですから第487.5回イタリア研究会例会といっても構わないかと思います。 

小山さんは最初にフェラーリ、マセラティといった高級車のデザイン戦略から話を始めました。残念ながら魅力的とは言えない日本車との違いがどこにあるのか。第1に企業がフォルムを大事にしているかどうか、第2にデザイナーが企業に雇われたデザイナーではなく、独立したカロッツェリアがデザインを担当していること、第3に基本となるモデルを粘土ではなく堅い木を削って作っている事が大きいということです。とくに第3の点は重要で、簡単に付け加える事のできる粘土ではなく木を使うことでこそ、ぎりぎりの美しいフォルムを立体化できるのだという事です。また過去の傑出したモデルを大事にすることによって、伝統を守ってきました。今後もし電気自動車が主流になり小型化が進むと、デザインが機能に従うのではなく、機能がデザインに従うようになる可能性があり、そうなるとデザインで優位性を持つイタリアメーカーが自動車産業における優位性を持ち、日本メーカ−が優位性を失うのを憂慮しているという事でした。 

さてファッションに関してはフランスが先進国と考えられがちですが、あくまでオートクチュールが中心で、フランスには量産可能なファッションがありませんでした。しかし1980年代以降にミラノでアルマーニを代表とする新しいブランドが次々と誕生して、ミラノがファッションの一大中心地となりました。これはローマとチネチッタを中心として存在していた高級注文服の伝統と、ミラノの工業デザインの基礎とが融合して生まれたものだということです。その特徴はフランスのラグジュアリーに対してグッドテイストを主張し、装飾を控えめにしながらエレガンスをもたらす点にあるという事です。また現代アートや演劇、オペラ時には漫画といったさまざまな文化からの影響を受けているという特徴も持っています。しかし最近では世界的にファストファッションが席巻しており、イタリアファッションも大きな影響を受けています。しかしその中で、イタリアらしく多くの職人の手仕事を加味した新しいファッションの潮流も生まれつつあるということで、期待されます。 

講演後の質問と懇親会では、イタリア人の卓越した立体感覚が生得のものなのか、訓練によるものなのかが話題になりました。小山さんの意見では生得もあるだろうが、彼らは若い頃から2次元と3次元とを行き来する訓練を重ねているのが大きいのではないかという事でした。小山さん、前回の例会に続き、面白いお話をありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント(概要)

487回例会  

日時:2021918日(土) 17:0019:00  (日時は予定。質疑応答含む) 

演題: 「イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント」 

概要:

イタリアのデザイン理論は、(a)日常生活の中に美を持ち込む、 (b)生活世界を劇場(舞台)とみなす、というイタリアの素晴らしい生活様式と結びついており、結果としてメード・イン・イタリー製品は、日常生活の中で幸せを実現することに仕えています。

デザインの起源はバロックにある一方で、デザインマネジメントの起源はオリベッティ社 にあり 、 起業家-(社外)デザイナー-模型制作者の三者間協業が行われました。

イタリアは、戦後の高度成長を通じて、世界で最も高いクオリティ・オブ・ライフを達成しましたが、その内実は、天井にフロスの照明、リビングにカッシーナのソファー、訪ねてきた友人の着ているものがアルマーニのジャケット(=普段着)、寝室のベッドが(カラフルなベッドカバーのある)フルー、というミラノのプレタポルテ(既製服)と調和するインテリア空間(=ニュー・ドメスティック・ランドスケープ)でした。 官能的で美観を備えたメード・イン・イタリー製品を生み出すための「イタリアのデザイン理論およびデザインマネジメント」について説明します。(小山太郎)

講師:小山太郎氏(中部大学工学部講師

講師略歴:

講師略歴: 1969 年兵庫県生まれ。 早稲田大学商学研究科博士後期課程修了【 経済学 博士(京都大学)】 。専門は、イタリアのデザインマネジメント。著書:「イタリアのデザイン思考とデザインマネジ メント」(三恵社)、論文「 イタリアのファッションブランド―そのアート思考とデザインマネジメントについて― 」『商品開発・管理研究』 Vol.18(1)(2021 年 など。

 

第487回イタリア研究会例会が行われました。演題名は「イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント」、講師は中部大学工学部講師の小山太郞さんです。小山さんは今年3月に同じ題名の書籍を三恵社から出版されています。 

これまでイタリア研究会では、イタリアの建築やデザインのお話は何度もお願いしていますが、デザインの理論のお話しは今回が初めてです。小山さんは、イタリアデザインの特長をドイツやアメリカのデザインと比較し、また歴史的・文化的にイタリアデザインがどこから生まれてきたのかを、分かりやすく話してくれました。小山さんによれば、イタリアデザインの起源はバロックにあるというのです。つまりルネサンスまでの、神が作った有限で均整の取れた宇宙構造という世界観が崩れ、無限の宇宙の中で人間が自由にものを作ることができるのだという考えが根底にあるという事です。ですからデザイナーは美学、理論、実践を回転させながら、ものの形を考えて行きますので、消費者のニーズに追随することはありません。そこにイタリア人独特の日常生活の劇場化と日常生活に美を求める感性が加わって、イタリアのデザインができ上がって行くのです。ここにドイツやアメリカのデザインとの大きな違いがあります。 

さらに家具を例に、デザイン起業家とデザイナーと職人とが協力し合うことによって、単なる実用品を越えた製品を作り出し、それを見本市に出展することで世界の評価を得て、そこから商品化が可能な作品を生み出して行くという、イタリアデザインのダイナミズムが示されました。そこではデザイナーが家具メーカーの専属となるのではなく、独立性を保つことも重要である事が示されました。イタリアが今後もAIやフィンテックで世界の頂点に立つことは考えられず、これからの日本もその点では同様なので、日本企業はイタリアにこそ学ぶ点が多いのではないかというのが、小山さんの考えです。 

講演後の質問で、日本の自動車のデザインがなぜイタリアの車に較べると魅力的でないのかという質問に対しての小山さんの回答は、デザインに対するメーカーの考え方が根本的に異なることと、モデルを粘土で制作するのか、木彫りで制作するかの違いが大きいということででした。いくらでも継ぎ足しが可能な粘土と、それが不可能な木彫とでは、出来上がった3次元のフォルムの美しさがまったく異なるというのは非常に印象的でした。小山さんありがとうございました。このお話の続編が9月29日(水)20時から、イタリア研究会第8回オンライン講演会として行われます。ご期待下さい。(橋都浩平)

 

戦後イタリアの食と社会変容―1950・60年代を中心として(概要)

486回例会  ※Google Meetで開催予定   

日時:2021824日(火) 20:0022:00 (質疑応答含む) 

演題: 戦後イタリアの食と社会変容―195060年代を中心として

概要:

かつてはヨーロッパ最大の移民送り出し国として、とりわけ庶民のあいだで慢性的ともいえる飢え

がまん延していたイタリアだが、第二次世界大戦後、 1950 60年代にかけての著しい経済成長を

経て、農業社会から工業社会へと本格的に離陸、食の世界も、現在「イタリア料理」として一般的

にイメージされるそれに近い、豊かなものへと変化した。また、 1950 60年代のイタリアでは、

もともとは特定の地域と結びついていた食品が、土地との結びつきを離れ、全国的に流通するよう

になったり、固形ブイヨンやココア・ヘーゼルナッツのスプレッドといった、特定の土地との結び

つきが希薄な新たな加工食品が普及したり、それと同時に、そのような変化を契機として、「本当

の食」を問い直す機運が高まるなど 、現在のイタリアにもつながるさまざまな動きが生じた。こう

した食に関わる 1950 60年代を中心に起こったさまざまな変化を、同時代の社会の変容に照らし

ながらみていきたい。(秦泉寺友紀) 

講師:秦泉寺友紀氏和洋女子大学国際学科教授 

講師略歴:

1973年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻社会学専門分野博士課程単位取得。外務省専門調査員(在イタリア日本国大使館)等を経て、現在は和洋女子大学国際学部教授。イタリアの食に関わる主な業績は、「食文化の変容にみる戦後イタリア社会― 1960年代を中心として」『日伊文化研究』 56号( 2018年)、「イ タリアの食とツーリズムからみるグローバル化―ローカル・ナショナル・グローバルな領域の交錯」山田真茂留編著『グローバル現代社会論』所収( 2018年)

 

イタリア研究会第486回例会がオンラインで開かれました。講師は和洋女子大学国際学部教授の秦泉寺友紀先生、演題名は「戦後イタリアの食と社会変容:1950・60年代を中心として」でした。これまでイタリア研究会では、イタリアの料理、食品、ワイン、それらの規格であるDOPに関する講演は何度もあったと思いますが、料理、食を社会学的に捉えるという内容は今回が初めてではないかと思います。 

イタリアは元々、西ヨーロッパの中では貧しく、庶民の摂取カロリーは他国よりも少なく、農民は慢性的な飢えに悩まされていました。19世紀末にグローバル化が起こり、新大陸から安い穀物が大量に流入すると、農民の生活は成り立たなくなり、大量の移民が新大陸に渡ることになります。しかしこの安い穀物の流入が、庶民も購入できる安い乾燥パスタの大量生産を可能にしたのです。現在まで続くBuitoni, DeCecco, Cirio などの食品メーカーはこの頃に設立されました。しかしイタリアの繁栄はまだ先の話で、ムッソリーニも「小麦戦争」と名付けた食糧増産運動を展開しています。第2次世界大戦後に、日本と似た高度経済成長期があり、南から北の工業地帯への大量の“国内移民”が発生し、豊かになった彼らがイタリアの食の新しい担い手になります。 

パスタは元より、牛肉、豚肉、柑橘類、砂糖の消費量が急増するとともに、それまではローカルな食品であったバルサミコ、プロシュット、モルタデッラ、パルミジャーノなどが全国的に食されるようになり、食の平準化も進みます。その中で自分たちの食文化を守るとともに、それを観光客にもアピールしようという目的で、現在主流となっている地方(州)ごとの名物料理が成立して行きました。また行き過ぎた肥料・農薬の投与への反省から、オーガニック食品、スローフードの運動やアグリツーリスモが現れ、現在に至っています。イタリアは他の西ヨーロッパ諸国に較べると、女性の社会進出が遅れ、スーパーマーケットや冷蔵庫の普及も遅れていました。それがこれまで「マンマの料理」を守ってきたという側面があるわけですが、女性進出が進む21世紀のイタリアで、それがどう変わって行くかが注目されます。 

秦泉寺先生、面白いお話をありがとうございました。イタリア人男性が偏執狂的に好む、あの「ヌテッラ」が発売されたのが意外と新しく、1951年だったというような、面白い情報もちりばめられた講演でした。(橋都浩平)

 

自転車競技人気、1日にしてならず~自転車産業という視点からイタリアの近代史を見つめる~(概要)

第485回例会 ※Google Meetで開催

日時:2021年7月9日(金) 20:00~22:00  

演題: 自転車競技人気、1日にしてならず~自転車産業という視点からイタリアの近代史を見つめる~

  ※当講演会は日本語で行います。  

概要:イタリアの主要産業の一つ、自転車産業。ビアンキ、デローザ、コルナーゴ、チネッリ、カンパニョーロなど、フレーム、パーツ、ウエアなどを含

め、世界のどこへ行ってもイタリアのブランドが名声を博しています。レースの主役から生活やバカンスの手助けまで、自転車は様々な形でイタリアの社会の中で溶け込んでいます。さらに新型コロナウイルス感染拡大・蔓延防止対策の影で、密が避けられる乗り物として昨年から自転車が再注目され、売り切れが続出し、歴史上で初めて自転車が購入困難になっています。

今回のセミナーでは、自転車の誕生の背景やイタリア国内における進化と浸透について話します。

繁栄の裏にある苦難の歴史を分析しながらイタリア社会の近代史や街づくりを理解する上で、重要なヒントとなっています。(マルコ・ファヴァロ)

講師:マルコ・ファヴァロ氏( スポーツジャーナリスト )

講師略歴:マルコ・ファヴァロ( Marco Favaro52歳、イタリア生まれ。東京都在住のスポーツジャーナリスト、テレビ解説。名古屋大学教育学部卒。 FCI(イタリア自転車競技連盟)東京オリンピック特別顧問、一般社団法人 国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや欧州プロチームの通訳も行う。日本国内で多数のサイクリングイベントを企画。

公式サイト: ciclistaingiappone.jp 

 

カンツォーネの誕生とその遺産:フェデリーコ2世の宮廷における詩の世界(概要)

484回例会  ※Google Meetで開催予定

日時:2021612日(土) 17:0019:00  (日時は予定・質疑応答含む)

演題: カンツォーネの誕生とその遺産 フェデリーコ2世の宮廷における詩の世界

要旨:イタリア文化に詳しくない方々でも、カンツォーネというのはイタリアの歌である、という常識があるだろう。しかしその言葉の由来を探ると、実は何百年前、イタリア文学の誕生期に遡ることになる。13世紀前半、神聖ローマ帝国の帝王フェデリーコ2世がシチリア島に築いた大宮廷では初めて、ラテン語ではなく、イタリア俗語での文学作品が作られるようになり、それはカンツォーネ他ならない。仏国のトルバドゥールから学び、アモーレ(恋愛)を主なテーマにしたカンツォーネだが、それはただの翻訳、あるいは真似に止まるものではなく、至高の技巧を凝らした言語的かつ哲学的な探求と考察の意味もあった。その新しい俗語文学の担い手は、シチリア詩派(Scuola Siciliana)の詩人たちであるが、彼らの文学的遺産は早くからダンテによって継承され、西洋文学に大きな影響を果たした。本講演では、シチリア詩派の作品を踏まえながら、そのスタイルと特徴を紹介し、欧州中世文学におけるイタリア詩の位置を考える。(ドアルド・ジェルリーニ)

講師:Edoardo GERLINI

エドアルド・ジェルリーニエ氏(  ヴェネツィア 「カ・フォスカリ」大学  アジア・アフリカ研究科研究員  

発表者略歴:1980年にイタリア、フィレンツェに生まれた。2011年にヴェネツィア大学日本文学専攻博士過程終了。現在、同学にて文語・漢文を教えている。以前、欧州委員会、博報財団、日本学術振興会、文部科学省などの支援で東京大学、早稲田大学、国際日本文化研究センター、日本の大学などにて留学・研究活動を行った。主な研究対象は平安期の和歌と漢詩、和漢比較研究、世界文学、そして文化遺産である。単著には『The Heian Court Poetry as World Literature』(『世界文学としての平安朝詩歌』、Firenze University Press)や『Sugawara no Michizane – Poesie scelte』(Aracne出版)などある。 

 

6月12日(土)イタリア研究会第484回例会が開かれました。演題名は「カンツォーネの誕生とその遺産:フェデリーコ2世の宮廷における詩の世界」、講師はヴェネツィア大学のエドアルド・ジェルリーニさんです。じつはこの講演は昨年3月の例会として行われる予定でしたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより中止となり、その後に講師のジェルリーニさんもイタリアに帰国したために、1年あまり経ってオンラインの講演会として、ようやく実現しました。

フェデリーコ2世は13世紀の神聖ローマ帝国皇帝・イタリア王国王で、当時としては非常に開明的であり、その宮廷は国際的な雰囲気に満たされていたことが知られています。その宮廷において、ジャコモ・レンティーニを代表とする詩人(本職は官僚)たちによって作られたのが、イタリア文学史上初めての俗語による詩歌カンツォーネです。おそらくはオック語の叙情詩に影響を受けて作られたと思われますが、僕たちが“叙情詩”という言葉から想像するよりも、その内容はずっと理知的であり、場合によってはステレオタイプなシチュエーションに即して作られています。しかし中にはかなりきわどい性的な隠喩を含む作品も含まれていました。

彼らの作品はシチリア派として包括されていますが、おそらくはフェデリーコ2世の息子がボローニャに幽閉されたことがきっかけとなって、トスカーナへと伝わり、その後にダンテの偉大な作品群を生むことになるのです。ダンテは、その「俗語論」において、こうしたカンツォーネに言及しており、俗語を用いても雅な作品を作る事ができると自信を高めたようです。これがひいては標準イタリア語の成立へと繋がることになります。フェデリーコ2世の国際的な宮廷生活は、残念ながら彼1代で終わってしまいましたが、その自由で理知的な雰囲気が、その後のイタリアの文化に大きな影響を与えたことになります。これは日本の中世の宮廷生活もしかりで、詩(和歌)という文化が生まれるためには、宮廷が世界の中心であるという、宮廷人たちの認識と自負が必要だったのではないかというのが、東西宮廷文化の比較研究を専門とするジェルリーニさんの結論です。

ジェルリーニさん、大変高度な内容を分かりやすく講演して下さり、ありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリア語の語源を探る(3,000語の独自分析):イタリア語から英独仏西露などの共通祖先『印欧祖語』に遡って分かったこと(概要)

日時:2021513日(木) 20:0022:00  ( 日時は 予定・質疑応答含む)

演題:イタリア語の語源を探る(3,000語の独自分析)

    ~ラテン語から英独仏伊西露などの共通祖先「印欧祖語」に遡ってわかったこと~ 

概要:人類の文化・文明の痕跡をもっとも留めているのは、建築・美術でも考古学遺産でもなく「言語」です。たとえば、イタリア語 ciao の原型は schiavoで、ラテン語 sclavus に由来し、「奴隷」の意。英語の slave も同様。つまり「チャオ」という挨拶は、「私はあなたの奴隷。あなたのいうなりに」

というローマ人のコミュニケーションが発祥。これらはすべて、古代ローマから3,000 年ほど遡った印欧祖語 *kleu-(to hear 聞く)に由来。スラヴ人を Slavic といいますが、「奴隷」が語源なのではなく、ロシア語слово/slovo(言葉)、слушать/slushat’(聞く)が示すように、「言葉を使う民」が原義。そして *kleu- は、英語やドイツ語では k が脱落して、loud、laut(大きな音)になりました。ほか、語源を画像で覚える方法、4,000 年前に南ロシア・ヴォルガ川流域から始まった印欧語族の拡散ルート、ロシア語とサンスクリット語の類似性などについてお話します。(民岡順朗)

講師:民岡順朗氏(東京都市大学 工学部 客員准教授)

講師略歴:1963 年生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。都市計画・建築キャリア35年。1998-2003年、イタリア(フィレンツェ、ローマ、サン・クイリコ・ドルチャ)にて美術修復(レスタウロ)に従事。「都市を癒す-イタリアに学ぶ修復型まちづくり」(イタ研、2007/8/30)のほか、横浜国立大学、学習院女子大学、星美学園短期大学などで講演。著書に『「絵になる」まちをつくる-イタリアに学ぶ都市再生』2005年、『イタリア映画BEST50』2011 年、『東京レスタウロ 歴史を活かす建築再生』2012 年など。正統的な比較言語学に準拠しつつ、建築工学的なロジックを活用し、2016 年より、印欧祖語(Proto-Indo-EuropeanLanguage)を軸に、マルチリンガル領域(英独仏伊西露)で語源・形態分析を行なっている。2021 年中に、関連書籍を出版予定。 運営サイト:https://easywordpower.org/ Twitter:https://twitter.com/easywordpower  

 

イタリア研究会第483会例会がオンラインで開催されました。

演題名は「イタリア語の語源を探る(3,000語の独自分析):イタリア語から英独仏西露などの共通祖先『印欧祖語』に遡って分かったこと」、講師は東京都市大学工学部客員准教授・民岡順朗さんです。民岡さんはもともと建築家で、イタリアでレスタウロ(美術修復)に携わり、そこでイタリア語を身につけましたが、イタリア語とラテン語、その他の現代言語との関係に興味を持って、独自の研究を続けている在野の研究者です。 

在野の研究者の強みは、自分の分野の深掘りをしなければならない義務がないために、広い視野から物事を考える事ができることです。民岡さんは、イタリア語とゲルマン諸語やギリシャ語との関係、ロシア語とサンスクリット語との関係など、縦横無尽に言語の世界を駆け巡ります。印欧語族の故郷は現在の南ロシアのあたりのステップと考えられ、その地域の騎馬民族がユーラシア大陸を東西に拡がることで、言語も拡散していったと考えられています。イタリア語は系統的にはケルト語、ゲルマン語に近く、文化的には大きな影響を受けたギリシャ語とは意外と遠いということです。 

イタリア語を学ぶメリットとして民岡さんは、ラテン語の直系の子孫であり、ラテン語学習の入口となるのはもちろん、ラテン語由来の語彙が豊富な英語を学ぶ上でも大きなプラスがあること、文法が比較的簡単で例外が少ないこと、母音の数が日本語と共通で日本人が発音しやすいこと、発音と綴りが一致しているため、書くことが容易であること、カルチャー関連の素材が豊富であること、知っていると他の国で敬意を示されること、を挙げました。また印欧語族の共通の特長として、基本的な語幹に接頭辞や接尾辞が付いて、さまざまな概念を表すように変化することが挙げる事ができ、基本的な語幹を充分に理解すれば、多くの単語の意味を類推できることを示し、語源を学習することの意義を強調しました。 

現在イタリア語を勉強しておられる方はもちろん、かつて勉強したけれども、コロナ禍でイタリア訪問もままならずに、進歩が停滞している方にも大いに刺激になったのではないでしょうか。民岡さん、大変面白いお話をありがとうございました。(橋都浩平)

 

コロナ禍のイタリア:この1年を振り返って(概要)

  第482回例会  ※Google Meetで開催

日時:2021年4月17日(土)17:00~19:00  (質疑応答含む)

演題:コロナ禍のイタリア ―この1年を振り返ってー

概要:それは2020年 2月 21日のことだった。ロンバルディア州でイタリア人コロナ感染第 1号が確認され、同夜ヴェネト州でコロナ感染初の死者が発表された。イタリアは不意討ちの形で欧州最初のコロナ大感染に襲われることになり、伊政府は 3月 10日イタリア全土を封鎖した。 約 2ケ月のロックダウンを人々はどう生きたのか、 医療体制、 政府のコロナ対策、経済雇用面の保障措置、人々の反応を整理したい。 第 1波は 6月に収束し、人々は平穏な夏を享受し、「再スタートの 9月」を迎え、学校も再開された。しかし秋に第 2波感染が始まり、さらに現在は変異ウイルスによる第3波の感染増が記録され、コロナ収束の見通しのない中、人々の期待は迅速なワクチン 接種に集中している。

ところで『コロナ前』のイタリアは、「反EU」勢力や「自国第一主義」が優勢で社会の「対立と分断」が深まっていたが、「共通の敵」と闘う中で「一体感」が高まり、さらに『 EUコロナ復興資金』獲得でヨーロッパとの関係も大転換した。 2021年 2月「親ヨーロッパ」挙国一致的「ドラギ新政権」が誕生。戦後最大の危機を、 2,090億ユーロの「リカバリーファンド」を活用しイタリア復興・再生の機会とするための挑戦が始まっている。(大島悦子)

講師:大島悦子氏(リサーチャー・コーディネーター ミラノ在住)

講師略歴:

東京外国語大イタリア語学科卒。日本オリベッティ広報部を経て、1982年生活科学研究所入所。企業における女性能力開発、ライフスタイルの変化、まちづくりに関する総合研究、シンポジウム企画運営に取り組む。 1990年ミラノのボッコーニ大学東アジア社会経済研究所客員研究員。 1991年日伊間の情報の溝を埋めることを目的にミラノに仕事場を移す。イタリアの産業事業やものづくり・都市・生活潮流に関するリサーチ・委託調査、日伊間ビジネスコンサルティング、文化観光交流事業、インターネットによる情報発信、各種コーディネート業務に従事。共著に「そこが知りたい観光・都市・環境」(交通新聞社発行)、日経研月報にて「連載:もう一つの市場を創るイタリアのミクロトレンド」執筆(日本経済研究所発行)他。

 

第482回イタリア研究会例会がオンラインで開催されました。演題名は「コロナ禍のイタリア:この1年を振り返って」、講師はミラノ在住のリサーチャー・コーディネーターの大島悦子さんです。 

皆さまご存じのように昨年2月からイタリアでは北部のロンバルディア州を中心として新型コロナウイルス感染症(COVID19)が猛威を振るい、中国に次いで最初にコロナ禍を体験した国となりました。2月21日にCOVID19による肺炎の第1例が報告されると、その直後からロンバルディア州とその他の北部3州で多数の感染者と死者が報告されるようになりました。政府の対応は比較的早かったのですが、ロックダウンされる直前の人の駆け込み移動もあり、感染が急激に拡大してしまいました。とくにベルガモ市の一部で死亡が多発し、現在遺族たちによる刑事告発も起こっています。イタリア国民は約2ヶ月間の厳しいロックダウンによく協力し耐えた結果、感染は収まるかに見え、全国的に楽観ムードが漂いました。しかし秋には第2波が今度は全国的に起こり、この第2波がこれまでのところ最大の感染者数と死亡者数をもたらしました。現在は変異株による第3波が襲来しており、イタリア国民はワクチン接種による終息を願いつつ、この非常事態に対応しています。

もちろんCOVID19のイタリア経済への影響は甚大ですが、政府の対応への評価は比較的高く、医療従事者への敬意・感謝が共有され、イタリアには近来なかったような一体感が生まれているという事です。またEUが莫大な復興支援基金の提供を提案したため、EUへの帰属意識が高まり、反EU勢力の支持率は低下しているとの事です。日本がイタリアの経験から学ぶべき点は幾つもあると思いますが、重要な2点を強調しておきたいと思います。第1はロックダウンなどの緊急対応の発令は遅れてはならないことです。少しでも遅れると効果が薄れ、より長期間の対応が必要となってしまいます。第2は犠牲者の多くが70歳以上とくに80歳台、90歳台で、基礎疾患を持つ人であったことです。そのためワクチンの接種優先順位も80歳以上から始めることになっているそうです。これは日本も参考にすべきでしょう。

大嶋さんのお話は、現地ならではの生々しさを伴うだけでなく、データに基づいた素晴らしい内容で、参加者はじっと聴き入っていました。イタリア研究会だけではもったいないと思ったのは、僕だけではなかったと思います。大島さん、ありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリアの漫画(fumetto)の世界へようこそ(概要)

第7回オンライン講演会(参加費無料)※Google Meetで開催

日時:2021年3月30日(火)20:00~21:30 (質疑応答含む)

演題:イタリアの漫画(fumetto)の世界へようこそ

講師:栗原俊秀氏(翻訳家)イタリア研究会運営委員

 

イタリア研究会の第7回オンライン講演会が開かれました。これは通常例会とは別に、コロナ禍をきっかけに始まった、誰でもが無料で参加できる講演会です。昨日の講師は会の運営委員でもある翻訳家の栗原俊秀さん、演題名は「イタリアの漫画(fumetto)の世界へようこそ」でした。

Fumettoとは日本語で言う「吹き出し」の事で、それが漫画を表す言葉になっています。栗原さんは最近、イタリア漫画の幾つかを翻訳されており、とくにイタリアでもっとも人気のある漫画家ゼロカルカーレの作品「コバニ・コーリング」を昨年翻訳されたばかりです。これはルポルタージュ漫画とも呼ぶべき作品で、作者がシリア北部のクルド人自治地域クルディスタンを訪れた時の体験に基づいています。彼の他の作品として「死んじゃったサンタさんへ」「アルマジロの予言」などが挙げられます。栗原さんがもっとも注目すべき作家として挙げたもう一人の漫画家がジピで、彼は叙情的な美しい画風で知られています。

イタリア漫画の源流としては、アメリカンコミックとフランスの漫画バンドデシネ、日本のアニメがあり、これまではほとんどが男性読者を対象としており、作者も男性ばかりだったのですが、最近は新しい世代のユニークな女性漫画家たちも登場しています。とくに草間彌生の伝記漫画(!)を描いたエリーザ・マッチェラーリが注目され、近々翻訳が出版される予定だそうです。しかし日本でイタリアの漫画を出版するのは、読者層の狭さだけではなく、書籍の流通などさまざまな問題点があり、労多くして益が少ない世界だということで、多くの参加者から栗原さんにエールが寄せられました。講演終了後の懇親会では、イタリア漫画を少年ジャンプに売り込もうという過激な意見も登場して大いに盛り上がりました。栗原さんありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリアのインクルーシブ・バイリンガルろう教育(概要)

481回例会 Zoomでのオンライン開催)  

日時:202139日(火)20:0022:00  (質疑応答含む)

演題:イタリアのインクルーシブ・バイリンガルろう教育

日本にあってイタリアにはないもの が 5つある。 死刑、原発、精神病院、児童養護施設、そして特別支援学校。実際、イタリアは 1970年代の改革でいわゆる「養護学校」を全廃した(ということになっている)。では障害のある子どもはどうしているか。地域の、一般の学校に通っている。でも、それは本人にとって本当に「良いこと」なのだろうか? 障害のない児童にとってはどうか? さらに保護者にとっては、そして社会にとってはどうなのだろうか? 報告者は、北イタリアのとある小さな学校で半ば偶然的に始まった「インクルーシブ&バイリンガル」ろう教育実践事例を調査してきた。単一のクラス のなかで、ろう児( bambini sordi)と聴児の双方に対して、イタリア手話lingua dei segni italiana, LIS)とイタリア語の両方を、同時併行的に教えていくのである。現地で撮影した映像などを見ながら、上記の問いについて考えてみたい。

講師:小谷 眞男氏(お茶の水女子大学基幹研究院教授)

講師略歴:

1963年東京生れ。お茶の水女子大学基幹研究院教授。研究テーマはイタリアにおける法と市民社会の歴史。主な著書・訳書:北村・小谷編 (2010)『イタリア国民国家の形成』;ベッカリーア (1764=2011)『犯罪と刑罰』

翻訳 A. Ortolani, a cura di (2015) Diritto e giustizia in Italia e Giappone 小谷 「 L’Aquila震災 リスク 裁判論・序説」);小谷・横田編 (2019)『新・世界の社会福祉:第 4巻 南欧』、など。

 

なぜ現代小説を読むのか ~2000 年から始めるイタリア小説~(概要)

第480回例会(オンライン開催) 

日時: 2021 年2 月13 日(土)17:00〜19:00(JST・質疑応答含む)※開場は16:50

演題:なぜ現代小説を読むのか ~2000 年から始めるイタリア小説~

講師: 橋本勝雄(はしもと かつお、京都外国語大学外国語学部教授)

概要:

「なぜ古典を読むのか」という問いに対して、作家イタロ・カルヴィーノは「それを読まないより、読んだほうがいいから」だと答えています。

文化的価値や伝統を知り教養を高めるため、精神的な「豊かさ」を求めるためであれば、最近書かれた評価の定まっていない現代作品よりも、文学批評という専門家である読者共同体によって選別された古典を熟読するほうが、効率的かもしれません。それでは、わざわざ現代作家を読む意味はどこにあるのでしょうか。たとえば、同時代の問題意識への関心、作家の人間的魅力、新しい物語に対する欲求なのでしょうか。アンソロジー『どこか、安心できる場所で:新しいイタリアの文学』を手掛かりに、ミケーレ・マーリ(1955-)、サンドロ・ヴェロネージ(1959-)、エレナ・ヤネチェク(1964-)、ミケーラ・ムルジャ(1972-)、ロベルト・サヴィアーノ(1979-)、ウー・ミンらの現代作家を取り上げながら、イタリア小説の21 世紀の最初の二十年間を振り返って自分なりに現代小説を読む意味を考えてみたいと思います。

講師略歴:

栃木県生まれ。京都外国語大学教授。専門はイタリア現代文学。2016 年、ウンベルト・エーコ『プラハの墓地』(東京創元社、2016 年)で第2 回須賀敦子翻訳賞を受賞。その他、『19 世紀イタリア怪奇幻想短篇集』(光文社古典新訳文庫、2021 年)、マッシモ・ボンテンペッリ『鏡の前のチェス盤』(光文社古典新訳文庫、2017 年)、シモーナ・コラリーツィ『イタリア20 世紀史―熱狂と恐怖と希望の100 年』(名古屋大学出版会、2010 年)、ディエゴ・マラーニ『通訳』(東京創元社、2007 年)、ジュゼッペ・パトータ『イタリア語の起源―歴史文法入門』(京都大学学術出版会、2007 年)、

共訳にアンソロジー『どこか、安心できる場所で:新しいイタリアの文学』(国書刊行会、2019 年)、ウンベルト・エーコ『カントとカモノハシ上・下』(岩波書店、2003 年)、イタロ・カルヴィーノ『水に流して―カルヴィーノ文学・社会評論集』(朝日新聞社、2000 年)など。

 

蝶々夫人とわたし(概要)

 

479回例会 (Google Meetでのオンライン開催)  

日時:202117日(木)20:0022:00  

演題:蝶々夫人とわたし

概要:

イタリアを本拠地に二十年、声楽家として作品をいかに解釈して演唱するべきか、聴き手の心にどのように伝えていけるかを課題に生きてまいりました。最も多 く演じる機会をいただいたのが日本を舞台とす

る「蝶々夫人」ですが 実は私、イタリアオペラの代名詞ともいえるこの名作があまり好きではありませんでした。のちに、愛に満ち一途で誇り高く生きるこのヒロインと自 分の心を合わせて演じられるようになるまでには、多くのことを学ば せていただきました。なかでもプッチーニのアシスタントであったベルテッリ氏から直接教えを受けていたジョセフ・ジャルディーナ氏との研鑽の日々は忘れられません。年を重ねる毎に作品に抱いていた謎が解けると同時に、また新たな疑問が湧いてくる…そうやって幾度でも楽しめるのも、作曲家が「音楽にのった言葉」を憎いほど絶妙な手法で描いているからこそです。

今回は同オペラの名アリア歌い出しやクライマックスの場面の一節などをご紹介しながら、イタリア生活を通して私なりに体得してきた 、 オペラ演唱の魅力と秘密を皆さまにも少しばかり共有していただければと思っております。

講師:藤井 泰子氏(声楽家)

略歴:

広島県出身、ローマ在住。深みのある声と演唱力に定評がある。田原祥一郎に師事し慶應義塾大学卒業後、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部修了、藤原歌劇団入団。イタリア政府給費にてボローニャ元王立音楽院に留学後、ジョセフ・ジャルディーナのもとで研鑽。フォッジャ県オペラ研究所奨学生、サルッツォ国際オペラコンクール優勝。

「蝶々夫人」 でデビュー以来、ローマ歌劇場をはじめフォッジャ、スポレート、キエーティ、トリエステ、ブカレストなどの歌劇場やロッシーニ歌劇場管弦楽団、アル・ブスタン音楽祭、アメリカ作曲家協会、カラガンダ管弦 楽団などとコラボレーションしながら国際舞台で活躍してきた。オペラ「ボエーム」「蝶々夫人」「トゥーランドット」「マノン・レスコー」「カルメン」「ジャンニ・スキッキ」「道化師」「アンドレア・シェニエ」「ドン・ジョヴァンニ」ほか多くのオペラを主演。「第九」や「レクイエム」など交響曲や宗教曲のソロのみならず現代作品や新作初演にも度々抜擢されている。バレエのアレッサンドロ・モリンや俳優ジャンカルロ・ジャンニーニとの共演、テレビ放送局 RAIへの音楽出演のほか、ドラマや映画でも歌う女優として起用され、大人気クイズ番組 Avanti un altro! のレギュラー出演は本年 9年目となる。「ニーノ・ロータ賞」「ナポリの声 〜 セルジョ・ブルーニ賞」「 AERECヨーロッパ経済文化関 係アカデミー音楽功労賞」受賞。日伊の文化交流事業にも重きを置き 今後日本でも精力的な活躍が期待されているソプラノである。