フラ・アンジェリコの絵画−読書・記憶・瞑想 (概要)

10月例会(448回) 

・日時:2017年10月2日 (月) 19:00-21:00

・場所:東京文化会館 4F大会議室

・講師:水野 千依氏(青山学院大学文学部教授)  

・演題:フラ・アンジェリコの絵画ーー読書・記憶・瞑想

 

イタリア研究会第48回例会が開かれました。講師は青山学院大学教授で美術史がご専門の水野千依先生、演題名は「フラ・アンジェリコの絵画−読書・記憶・瞑想」でした。水野先生は美術史という範疇に収まらない広い視点でのさまざまな研究を行っておられますが、今回のテーマはあまり知られていないフラ・アンジェリコの晩年の作品で、かつてフィレンツェのサンティッシマ・アンヌンツィアータ聖堂にあったとされる「銀器収納棚装飾パネル」でした。ここには奇跡をもたらすとして当時有名だった受胎告知のフレスコ画があり、祈願者たちが病の治癒を祈願して、あるいは治癒を感謝して献納した銀製のエクス・ヴォート(身体の病んでいる部分をかたどった模型)を収める戸棚の装飾です。

 

この作品は一見したところ、キリストの生涯の場面を経時的に絵画化したそれ程特徴がない作品のように見られますが、最初と最後の場面が他とは違った概念図である点、それぞれの画面の上下に旧約聖書と新約聖書からの言葉が描かれている点が一般のキリストの生涯の連作とは異なっています。これはタイポロジー(予型論的解釈)と呼ばれる、新約聖書における各エピソードが、既に旧約聖書に暗示されているという聖書解釈に則っています。では最初と最後の概念図は何を示しているのか。第1場面には車輪が描かれていますが、これは旧約に現れるエゼキエルの幻視(神秘の車輪)です。車輪は預言者エゼキエルが見た幻視そのものなのですが、同時にタイポロジーに従った聖書解釈を図像化して示してもいます。このような車輪のイメージは、中世から記憶術のひとつの手段としても用いられていました。最後の場面に描かれている分枝した樹のような構造は「愛の法」と呼ばれていますが、同じように中世に起源を持つ生命の樹や7枝の燭台の発展型と考えられ、やはりタイポロジーと記憶術とに関連しています。こうした視覚的なモチーフを記憶の手段として用いて、さらに瞑想へ、そして魂の浄化へと導くというある意味で中世的な方法論をルネッサンス期のフラ・アンジェリコが、最晩年のこの「銀器収納棚装飾パネル」で展開したことは非常に興味深く思われます。

 

研究の現場に近い高度な内容をわかりやすく解説して下さった水野先生ありがとうございました。

(橋都)