2023年講演会レポート

イタリアデザインの秘密

514回例会 ※Google Meetでオンライン開催 この講演は日本語です(通訳なし)。

日時:2023年12月14日(木)20:0022:00 

講師:トリーニ ヤコポ氏(建築家、一級建築士)

講師略歴:1971年イタリア・トリノ生まれ。デンマーク 、 Aarhus School of Architecture、

イギリス 、 Oxford Brooks University-Joint Center for Urban Designへの留学を経て、

1995年イタリア、 Torino Politechnicにて建築学士取得、 同校で講師として建築デザインを教える。 1996年 渡米 、 ニューヨークの設計事務所 Berzak Gold Architectureにて勤務後、 1998年 に 来日し 、 神戸 Team Zooいるか設計集団所属 。 2003年 に 「有限会社ドディチ・ドディチ」 「一級建築士事務所 スタジオドディチ」を設立。

一級建築士として建築設計の他、イタリア建材、インテリア装飾品の 商品開発や輸入販売、日本の伝統工芸品や木工商品 の デザイン、海外への 輸出販売を行っている。

演題:イタリアデザインの秘密

概要:ファッションブランド、スーパーカー、おしゃれな有名建築。イタリアは「デザインの国」 と呼ばれてもおかしくないですね。中世の街並みから出発して、 ガ リレオの物理の実験を通してプラダまで、イタリアのデザインの秘密を解説します。

そして、シエナ、ブラーノ、アルベロベッロとイタリア旅行も楽しみながら、イタリアンデザインを普段の生活に取り入れるヒントをお持ち帰りいただきます!(トリーニ ヤコポ)

 

12月14日イタリア研究会第514回例会がオンラインで開催されました。講師は長年関西に在住の建築家・一級建築士であるヤコポ・トリーニさん、演題名は「イタリアデザインの秘密」です。イタリアはデザイン大国と呼ばれても不思議のないくらい秀逸なデザインに溢れています。都市、ファッション、カーデザインなどなど。それはなぜなのでしょうか。イタリアにデザインの天才がたくさん生まれるからなのでしょうか。ヤコポさんはデザインは偶然ではないと言います。観察からインスピレーションを得てそれを形にすることでデザインが誕生します。

 

例としてイタリアの都市を見てみましょう。ルッカには世界的にも珍しい楕円形の広場が街の中心にあります。これは楕円形にしようという都市計画によるのではなく、もともとあったローマ時代の劇場の壁をそのまま利用した為にこの形になり、現在では周囲の街並みと完全に溶け込んでいます。有名なピサの斜塔は建設途中に地盤沈下で傾き始め、そのまま建設が進行すれば崩壊した可能性があります。しかし戦争が続いて建設が途中でストップしたため地盤が安定し、修正も加わって現在の形になりました。それでも崩壊の可能性があるために、大規模な地盤の強化が行われたのですが、その時に完全に直立させずに、倒壊を免れるギリギリの角度に固定されました。ヴェネツィアのブラノ島の家々は他では見ないほどカラフルです。これはこの地方に霧が多く、濃霧の時に目印となるように鮮やかな色で塗装したのが始まりです。世界で最も美しい広場と言われるシエナのカンポ広場は半円形の漏斗の形をしています。これはシエナの近くには川が無いため水不足に悩まされ、雨水を貯留するための仕掛けだったのです。おとぎの街のようだといわれるアルベロベッロのトゥルッリは、税金対策のために、漆喰を使わずに石を積み上げるだけの仮の建物だと主張するために生まれたものです。

 

ブランドを見ても、アレッシは新婚夫婦に贈られる銀製カトラリーのメーカーでした。しかし戦後にその風習が廃れたため、他の素材を用いた大胆なデザインの台所用品メーカーへと転身して大成功しました。プラダも英国製の革製旅行器具の代理店でしたが、その需要が少なくなった時に、革だけではなく新しい素材を用いた自社製品を開発して世界的大ブランドを確立しました。結局、デザインとは様々な問題点を解決するための手段であり、多くの問題点を抱えるイタリアがデザイン大国になったのには必然性があるというのがヤコポさんの考えです。ヤコポさんは建築家として人々に永続的な喜びをもたらす”住”に関わる中で、これかあれかではなく「団子も花も」を目指して行くそうです。エコと格好良さ、低コストと豊かさを両立させる建築を作り続けたいという事ですので、楽しみです。最後にヤコポさんが深く関わっている2025大阪・関西万博について言及がありました。皆さんご存知のように、このエキスポにはさまざまな逆風が吹いており、なかなか厳しい状況のようです。しかし世界の多くの国々との交流という意義には変わりがなく、ヤコポさんは会期終了後に解体される各国パビリオンを日本の地方都市に移築して、レガシーとして残す活動に力を入れているそうです。そこを舞台として国際交流が行われるようになれば、本当に素晴らしいと思いますので、僕たちも応援したいと思います。ヤコポさん、面白いお話をありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリア憲法裁判所の特徴とその役割ー近年の動向も踏まえて

第513回例会 ※Google Meetでオンライン開催

日時:2023年11月20日(月)20:00~22:00

講師:芦田 淳氏(国立国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課長)

講師略歴:

兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業後、国立国会図書館入館。調査及び立法考査局政治議会課勤務等

を経て、現職。その間、政治学修士(イタリア・フィレンツェ大学 2007年~ 2009年在外研究)、博士(法学)(成城大学)を取得。専門は、日伊比較憲法。主な近著として、「イタリアの議会制 における対抗権力―野党及び大統領の役割を中心に」(只野雅人ほか編『統治機構と対抗権力―代表・統制と憲法秩序をめぐる比較憲法的考察』日本評論社、 2023年)、「国と地方の関係」(新井誠ほか編『世界の憲法・日本の憲法―比較憲法入門』有斐閣、 2022年)、 Diritto costituzionale (Jun Ashida et al., Introduzione al diritto giapponese, G. Giappichelli Editore, 2021)など。

演題:イタリア憲法裁判所の特徴とその役割ー近年の動向も踏まえて

概要:

法律などが憲法に適合しているか否かについて、日本では最高裁判所が審査しています。これに対して、イタリアでは、憲法裁判所という特別な裁判所が審査する仕組みになっています。そして、日本ではこれまで、法律の規定自体が憲法違反と判断されたことはごく僅か( 11件)ですが、イタリアでは 3,000件を超える違憲判決が出されています。また、単に憲法違反と判断するだけではなく、憲法裁判所が実質的な意味で法律の一部を書き換えるようなことも見られないわけではありません。今回の講演では、日本の制度とも比べながら、こうしたイタリア憲 法裁判所の特徴のほか、同裁判所が政治制度の中でどのような役割を果たしているのかについて、近年の判決(例えば、子どもに対して父親の姓を自動的に与える規定は憲法違反と判断したものなど)にも触れつつお話ししたいと思います。

(芦田 淳)

 

11月20日イタリア研究会第513回例会がオンラインで開催されました。講師は国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課長の芦田淳さん、演題名は「イタリア憲法裁判所の特徴とその役割ー近年の動向も踏まえて」でした。日本では違憲かどうかの判断を最高裁判所が担っていますが、実際にその判断を行う事が非常に稀ですので、憲法裁判所という存在がどのような働きをしているのかをイメージするのが難しいと思います。しかし違憲審査制を世界で見てみると、日本と米国のように司法裁判所が違憲判断を行うシステムと、イタリア、フランスのように独自の憲法裁判所がその判断を行うシステムとの両方が存在します。

 

イタリアも立法は二院制を採っていますが、日本と違って上院と下院の権限が対等なため、ある意味で非効率的であり、政治的空白が生じやすいという欠点があります。そのため1980年以降、立法が滞り、憲法裁判所の裁定が増加して、立法の機能不全を補うという役割も果たすようになりました。憲法裁判所が法令のこの部分が憲法違反という判決を下すことによって、ある意味で実質的な法改正を行うことになります。というと三権分立を犯すようですが、日本でも裁判所が判例によって法解釈を確定させている事と、実質的にはそれほど大きな差がないのかも知れません。しかし全体的に見れば、日本は静的でイタリアはより動的ということが言えると思います。憲法裁判所の判事は三分の一が大統領、三分の一が議会、三分の一が司法機関により指名されますが、結果として法学系の教授が全体の約半数を占めています。結果的に一定の政治的傾向を持つ憲法裁判所判事が、国民の選挙を経る事なく、ある程度の立法権限を持つ事に、昨日の参加者からも疑問が寄せられましたが、少なくともこれまでの歴史から見る限り、政治のお目付役、良心としての役割を果たしているように見受けられます。

 

こうしたイタリアを含むヨーロッパの影響もあるのか、日本の最高裁も通常の司法だけではなく憲法解釈に関しても、より積極的になっているのではないかというのが芦田さんのお考えのようですが、最高裁は通常の司法の範疇だけでも膨大な案件を抱えており、それ以外の仕事に手を出す余裕が無いというのが、本当のところのようです。しかしそれぞれの国が他の国の影響を受けながら、自らの政治システムを磨き上げてゆくというのは、望ましい方向と考えられます。芦田さん、複雑な問題について分かりやすいお話をありがとうございました。

(橋都浩平)

 

大地の讃歌ー日本の陶器をイタリア美術と比較して

512回例会 ハイブリッド開催

日時:2023年 10月 17日(火) 19:00~21:00 JST・質疑応答含む

※開場 時間 リアル参加 18:30/オンライン参加 18:50 時間にご注意ください。

場所:下記会場とビデオ会議システム Google Meetでハイブリッド開催します。

   東京大学本郷キャンパス 文3号館 8階 南欧文学演習室

  (東京都文京区本郷7丁目3−

講師:ロレンツォ・アマート Lorenzo Amato氏(東京大学文学部准教授)

通訳:渡辺元裕氏(東京大学文学部大学院修士課程)

講師プロフィール 

ロレンツォ・アマートLorenzo Amato1976年~)は2011年より東京大学南欧語南欧文学研究室の准教授を務めている。フィレンツェ大学にてルネサンス期イタリア文学の学士号を取得した後、同大学にてルネサンス人文主義専攻の博士号を取得している。東京大学の教壇に立つまで、フィンランドのユヴェスキュラ大学にてイタリア文学(200508年)、フィレンツェ大学にてフィンランド文学を講じた(200611年)。研究分野としては、人文主義ルネサンス期のイタリア語詩とラテン語詩、テクスト文献学、写本や印刷本の歴史や文化、美術と文学の関係や、フィンランド語フィンランド文学を専門としている。最近ではイタリアの古典文化と日本の現代芸術の関係に関してもまた研究を始めている。様々な専門誌への論文投稿に加えて、ドメニコ・ディ・ジョヴァンニ・ダ・コレッラによるルネサンス期ラテン語詩Theotocon『テオトコン』の校訂版(2012年)、Dizionario Italiano-Finlandese『イタリア語フィンランド語辞典』(2016年)、そしてLa tradizione manoscritta delle Rime di Giovan Battista Strozzi il Vecchio『大ジョヴァン・バティスタ・ストロッツィの『詩集』写本に関する伝統』(2019年)を出版している。そして現在、日本学術振興会科学研究費(課題番号JP23K00418)の助成による研究プロジェクトの一環として、大ストロッツィの『詩集』全編の出版を準備中である。(ロレンツォ・アマート 訳 渡辺元裕) 

 

演題:「大地の賛歌―日本の陶器をイタリア美術と比較して」

La reverenza per la terra: le tradizioni ceramiche giapponesi a confronto con l'arte ‘idealistica’ italiana」(イタリア語講演、逐次通訳つき)

講演概要: 

イタリアはエトルリアのブッケロからニーノ・カルーゾのような現代の陶芸家に至るまで、陶芸芸術に関する偉大な伝統を有している。しかしながらマルシリオ・フィチーノからヴァザーリの『芸術家列伝』に至るまで、イタリアにおける芸術の美学が新プラトン主義に基づいていることが原因で、大理石や斑岩、もしくはダイアモンドのような硬く長持ちする素材がより賞賛されている。マヨルカ焼のような芸術的伝統は、ただその絵付け的な側面によって有名であり、偉大な芸術とはみなされてこなかった。20世紀ヨーロッパによる大衆芸術の再発見にもかかわらず、イタリアではこうした粘土細工への偏見が未だに続いている。

他方日本では、「茶碗」のような陶器によって作られた沢山の物品が、大きな社会的重要性を有している。日本の陶芸に関係する多くの集落では、大地の賛歌、真の土への敬意を保持する。一例として備前焼に従事する者は、伊部の集落の稲田の土から同名の粘土(備前土)を作りだす。実際かの楽家の場合のような京都の伝統もまた、賀茂川の小石についての研究や神聖なものと見做された「一族の」窯を用いたことに基づいている。その上、歴史的、宗教的に権威ある地域に敬意を表している別の芸術家たちもいる。青磁の巨匠である川瀬忍(1950年~)は奈良東大寺の敷地から掘り出された土を用いている一方で、三原研(1958年~)は出雲の古の森から掘り出された土を用いている。土への敬意は手作業の局面においてもまた現れている。仏教の僧侶にして「練り上げ」技法の巨匠である松井康成(19272003年)のような芸術家たちは、粘土を扱う手作業を瞑想の一形態と見做している。

この研究会においては、多くの日本人陶芸家たちが粘土と向き合った「弁証法的」アプローチについてお話する事となる。ルネサンス文学専門のイタリア人として、日本の陶器に関する伝統について会場と議論することとなるが、それだけでなくイタリアや西洋の文化に関する幾つかの観点—時に芸術家を素材と対立関係に置き、結果的に芸術家が変えようと努めた社会との関係においても対立関係に置いた理想主義としばしば結び付けられた―についての考察もまたなされることとなろう。

(ロレンツォ・アマート 訳 渡辺元裕)

 

1017日、第512回イタリア研究会例会が、東京大学文学部南欧文学研究室でハイブリッド形式で開催されました。講師は准教授のロレンツォ・アマートさん、演題名は「大地の讃歌ー日本の陶器をイタリア美術と比較して」で、通訳は大学院生の渡辺元裕さんが務めました。アマートさんはイタリア・ルネサンス文学が専門ですが、日本の焼き物に強い関心を持ち、イタリアの焼き物と比較する事で、両国の芸術感の違いに迫ることができるのではないかと考えたという事です。

イタリアにももちろん先史時代からの陶器の伝統があります。エトルリア、ローマ以来、マヨルカ焼きなどイタリアにも美しい陶器がありますが、生活什器の域を出ませんでした。ルネサンス時代にドナテロやロッビア一族が焼き物による彫刻を制作しましたが例外的で、それが伝統となることはなく、大理石による彫刻が高い地位を保持していました。これには当時のマルシリオ・フィチーノらによるネオプラトニズムが大きな影響を与えたと考えられます。ネオプラトニズムでは人間界の外に理想の世界があり、芸術とはそこに存在する真実を目指すものだいう考えです。そのために粘土をこねて形を作るよりも、硬い大理石の中に埋まっている真実の形を掘り出す事が崇高であるという考えが主流となりました。それは現在までも影響を与え、イタリアでは陶芸家は不当に低い地位に貶められています。陶芸家のNino Carusoの展覧会が美術界からの圧力によって中途で開催中止となったスキャンダルはそれを端的に表しています。

一方日本では、千利休の茶の湯の影響があり、16世紀に楽長右衛門が楽茶碗を生み出して以降、芸術としての陶芸が認知されるようになります。また陶工たちが土そのものに敬意を払っていた事も注目されます。近世に入っても、生活什器の陶器に注目する民芸運動の影響もあり、現在では日本各地に陶芸家が窯を構え、百花繚乱の趣があります。日本にも絵柄に価値を見出す古伊万里、鍋島のような焼き物がありますが、アマートさんはそれよりも、釉薬を使わず自然な土の触感と炎による偶然性を持ち味とする備前や信楽がお好きなようです。それにしても日本の陶器に特有の焼き締め土味といった用語を駆使しながら日本の沢山の陶芸家を紹介するアマートさんの焼き物愛は本物だと感動した次第です。またこうした高度な内容の講演を通訳してくれた渡辺元裕さんにも感謝したいと思います。ありがとうございました。

(橋都浩平)

 

ローマ教皇とカピトリーノ美術館

第511回例会 ※リアル会場とGoogle Meetでハイブリッド開催

日時:2023年9月26日(火)19:00~21:00  (質疑応答含む)

場所:ビジョンセンター日本橋  401号室(東京都中央区日本橋室町1-6-3 山本ビル本館4階)

https://www.visioncenter.jp/tokyo/nihonbashi/access/    ※最寄り駅は東京メトロ三越前駅

+オンライン(Google Meet)

講師: 加藤磨珠枝氏(立教大学 文学部教授)

講師略歴 

愛知県生まれ。美術史家、立教大学文学部教授。専門は西洋古代・中世美術史、現代美術批評も手がける。1992~1996年、イタリア政府給費奨学金にてローマ大学大学院に留学後、2000年東京藝術大学美術研究科博士後期課程修了、博士(美術)。2016~2017年オックスフォード大学客員研究員として渡英、2023年4月から現在まで在外研究にてローマに滞在中。9 月 16 日より東京都美術館にて開催の「永遠の都ローマ」展の日本側監修者。 編著書に『西洋美術の歴史2 中世キリスト教美術の誕生とビザンティン世界』(共著、中央公論新社)、『ヨーロッパ中世美術論集1 教皇庁と美術』(編著、竹林舎)、C・デ・ハメル『世界で最も美しい12の写本』(共訳、青土社、第8回ゲスナー賞銀賞受賞)、同『中世の写本ができるまで』(監修、白水社)他。

演題:ローマ教皇とカピトリーノ美術館

概要

9月 16日 (土)より東京都美術館にて開催される「永遠の都ローマ」展を記念し、その楽しみ方を解説いたします。本展は、第 1章「ローマ建国神話の創造」、第 2章「古代ローマ帝国の栄光」、第 3章「美術館の誕生からミケランジェロによる広場構想」、第4章「絵画館コレクション」、第 5章「芸術の都ローマへの憧れ」の全 5章からなり、日本で初めてカピトリーノ美術館コレクションを総合的に紹介する機会となります。

この美術館は、ローマ市庁舎のある都市の中心部カンピドリオ広場に置かれ、その起源は 1471年に教皇シクストゥス 4世が《カピトリーノの 牝 狼》を含む古代彫刻群をローマ市民に寄贈し、公開したことに遡ります。 1734年に教皇クレメンス 12世が本格的な美術館として開館してから現在に いたるまで、世界で最も古い公共美術館の一つと言われています。 1873年には岩倉使節団もこの美術館を訪れ、その後の日本の博物館政策、美術教育にも影響を与えました。

本講演会では展覧会の出品作とともに、カピトリーノ美術館をめぐる教皇の美術政策について考えます。(加藤磨珠枝)

https://roma2023-24.jp/(「永遠の都ローマ展」展覧会公式サイト)

 

9月26日、第511回イタリア研究会例会が開かれました。9月16日から東京都美術館で「永遠の都ローマ」展が開かれていますが、この展覧会の日本側監修者である立教大学文学部教授・加藤磨珠枝さんによる「ローマ教皇とカピトリーノ美術館」がテーマです。今回の展覧会の展示の中心は、ローマのカピトリーノの丘にあるカピトリーノ美術館の収蔵品が中心となっています。ローマの歴史においてカピトリーノの丘がどのような意味を持っているのか、なぜそこに教皇が美術館を建設したのか、そして今回の出展作品の解説へと話は進みました。

 

ローマにある7つの丘の中でもカピトリーノはローマの発祥の地と考えられており、ローマ建国以来神聖な場所と考えられてきました。かつてここにはユピテル、ユノー、ミネルヴァの3神を祀る神殿がありましたが、火災を経てローマ帝政時代には巨大なユピテル神殿が建てられていました。しかしキリスト教の受容、国教化とともにその重要性は低下して、最終的にはヴァンダル人のローマ侵略により神殿は破壊されてしまいました。しかし東ローマ帝国崩壊後に、カピトリーノの重要性が忘れられたわけではなく、中世の巡礼者たちの案内図にもカピトリーノの麓こそがコーマの中心であると記載されています。中世以降のコムーネの時代には、ここに市庁舎が建てられ、現在に至っていますが、ローマとその周辺は教皇領でローマのコムーネと教会権力とは微妙な関係にありました。15世紀にシクストゥス4世が、市庁舎のあるカピトリーノに自らの美術品を展覧する私設のカピトリーノ美術館を建設し、それが18世紀以降公開されて、世界最初の公共美術館となり、現在に至っています。これはある意味で教皇がコムーネとの宥和を図ったとも考えることができます。市庁舎と2棟の美術館に囲まれた広場が、ミケランジェロが設計した有名なカンピドリオ広場です。

 

さて今回の展覧会には多くの名品が来日していますが、第1はカピトリーノのヴィナスです。これは前4世紀の名彫刻家プラクシテレスのローマ時代の模刻で、その恥じらいを秘めた優雅なポーズは世界を魅了してきました。今回は周囲を360度回りながら鑑賞することができます。コンスタンティヌス帝の巨像は模造ですが、模造であるが故に、欠けていた指先と手のひらに載せている球体をオリジナルの姿に再現して展示されています。また多くのローマ皇帝とその后の胸像が展示され、当時の女性のファッションや髪型の変化を見ることができます。絵画にも名品が多いのですが、カラヴァッジョの「洗礼者聖ヨハネ」は残念ながら、福岡でだけ展示されるそうです。個人的にはピラネージによるトラヤヌス帝の戦勝記念碑の巨大な銅版画が気になります。加藤さん、ローマの歴史から個々の作品まで面白いお話をありがとうございました。多くの参加者が早速展覧会に行きたくなったのではないでしょうか。

(橋都浩平)

 

スローフード運動の展開

第510回例会 ※Google Meetでオンライン開催

日時:2023年8月23日(水)20:00~22:00

講師:石田雅芳氏(いしだ まさよし 立命館大学 食マネジメント学部 教授)

講師略歴:

1967年、地元の醤油工場の醸造技術者の次男として福島市に生まれる。同志社大学文学研究科

卒業。専門は芸術学。ロータリー財団の国際親善奨学生としてフィレンツェ大学に留学。 1998年から日本人で初めてのフィレンツェ市とフィエーゾ レの終身公認ガイド。 2002年よりスローフード協会の国際本部(イタリア・ブラ)に勤務。スローフード・ジャパンの創立、国際イベントへ日本の食文化の発信、日本の伝統食材の保護運動、日本における運動のスーパーバイザーを務める。帰国後もスローフード国際理事、 日本の 副会長、会長を歴任。立命館大学食マネジメント学部の創立にあたって、重要な思想的ベースである、スローフード協会創立の食科学大学(イタリア・ポッレンツォ)との橋渡しに努め、 2018年から立命館大学食マネジメント学部の教員を務める。

演題:スローフード運動の展開

概要:

日本 スローフード協会の歴史的な展開について解説します。まずはスローフード・マニフェストが発表されたパリの国際会議の未公開資料から、協会のはじまりについてお話しします。そしてその後の世界的な成功、協会のガバナンスに関わる世界システムの話、具体的活動として、生物多様性プロジェクトに関わる一連の国際プロジェクト「 Ark of Taste味の箱舟」、「 Presidio プレシディオ」について、食材の具体例をあげながら解説しながら、スローフード流の地域おこしとは何か?について考えたいと思います。さらには国際イベント「サロ ーネ・デル・グスト・テッラマードレ」、「スローフィッシュ」、「チーズ」などの目的や運営に至るまでの道のり、今まで協会が国際ネットワークで世界的に流布してきたプロパガンダやマニフェスト、最後には現在の協会の姿など、一回でスローフードを一覧できるようなお話をさせていただきます。(石田雅芳)

 

8月23日、イタリア研究会第510回例会がオンラインで開催されました。演題名は「スローフード運動の展開」、講師は立命館大学・食マネジメント学部教授の石田雅芳先生です。先生は大学では芸術学を専攻されましたが、イタリアに留学後、スローフード運動に早期から関わり、帰国後にもスローフード国際理事、日本の会長を務め、立命館大学・食マネジメント学部創立に重要な役割を果たした後、現在は教授として活躍中です。

 

スローフードの実際のスタートがいつかに関しては、諸説がありますが、1980年代中頃にピエモンテ州のブラという街で始まったことは確実なようです。当時は狂牛病、イタリアで初めてのファストフード(マクドナルド)の開業、イタリアワインの有害添加物など、食に関するマイナスイメージの話題が多く、それを何とかしようというのがきっかけでした。食に関する総合的な話題を掲載する雑誌「ラ・ゴーラ」の創刊、伝統的な料理を提供するオステリアの開業が大きなきっかけとなり、1987年にはこの雑誌「ラ・ゴーラ」と「ガンベロ・ロッソ」に、かつての未来派宣言に倣った「スローフード・マニフェスト」が掲載されました。そして1989年にパリで国際会議が開かれ、マニフェストが調印され、スローフード運動は正式なスタートを迎える事になります。

 

では実際にスローフード運動が何を目指してきたかというと、グローバリゼーションの洪水の中で溺れ死ぬ運命にある各地の伝統的な食材をリストアップして保護することと、絶滅の危機にある食材や料理を再生させることが大きな目的です。実際にこの運動によって、ピエモンテのピーマン、トルナートの香り苺、モンテボーレ・チーズ、アルベンガの紫アスパラガスなどが再生して流通するようになりました。また特記すべき事は、世界で初めてと言ってもよい食に関する総合大学・食科学大学が創立されたことです。立命館大学・食マネジメント学部はこの大学との密接なコラボレーションによって開設されましたが、元祖にはない実際の調理も課程に含まれているそうです。ではこの運動による実際の経済効果はあったのか、ミラノのボッコーニ大学による試算では、たしかにあったという事です。日本でももちろんスローフード運動に影響を受けて地方独自の食材の掘り出し・再生が試みられていますが、生産だけではなく流通機構などむつかしい問題が多いようです。

 

石田先生、たいへん興味深いお話しをありがとうございました。先生は現在、日本で最初のイタリア料理店とそれを作ったイタリア人についての著書を執筆中だそうですので、近いうちにそのお話をお願いしたいと思います。ちなみにその日本最初のイタリア料理店ができたのは、東京でも、神戸でも、横浜でもありません。(橋都浩平)

 

イタリアのオペラ上演の現状と歌手たち(概要)

第509回例会

日時:2023年7月30日(日)

講師:香原斗志氏(音楽評論家・オペラ評論家)

講師略歴:音楽評論家、オペラ評論家。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。オペラを中心にクラシック音楽全般について執筆。毎日クラシック・ナビに「イタリア・オ ペラ名歌手カタログ」、月刊「モーストリークラシック」に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑のオペラ歌手 50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング刊)など。歴史評論家の顔も持ち、プレジデントオンラインなどに歴史関係のオピニオンを発表している。著書に『東京でみつける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。

演題:イタリアのオペラ上演の現状と歌手たち  

概要:

今年は海外のオペラハウスの引っ越し公演が再開し、イタリアの歌劇場が 3つも来日します。これは過去に例のない数です。とはいえ 、 コロナ禍の間、欧米の演奏家の行き来が激減した結果、残念ながら日本のオペラ界の「ガラパゴス化」は、いっそう進んだ感があります。

イタリアのオペラ上演と日本のそれとを較べたとき、もっとも異なるのは歌手の水準ですが、もうひとつは原点の尊重の仕方 です。じつはイタリアにおいても、ヴェルディなどの上演が途絶え なかっ た人気のオペラほど、楽譜の恣意的な改変や劇場の都合によるカットなどが加えられてきました。俗に「オペラの黄金時代」などと呼ばれる 1950 60年代は、「楽譜改竄の黄金時代」でもあり、歌手も楽譜を無視した好き勝手 な歌い方をすることが多かったのです。

そうした状況は近年、大きく改善されています。歴史的な歌唱法が蘇り、また、楽譜に忠実に、カットも最小限にとどめる上演が増えています。残念ながら日本では、上演時間が増えることを嫌ってか、減点主義はなかなか根付きませんが、日本の「ガラパゴス化」を食い止めるためにも、イタリアの現状を知っておいたほうがよいと考えます。(香原斗志)

 

7月30日に第509回例会が行われました。例会講師は音楽評論家の香原斗志さん、演題名は「イタリアのオペラ上演の現状と歌手たち」でした。ご存じのように香原さんはオペラを中心に精力的に音楽評論を続けていますが、彼が心配しているのはコロナ禍により、日本のオペラ界の「ガラパゴス化」が一層進んだのではないかということです。一体どういう事でしょうか。 

じつはイタリアのオペラ界では、楽譜とは異なる演出、歌い方が常態化していました。代表的なのはヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」の第3幕におけるテノールのアリア「あの火刑台の恐ろしい火を」の最後の音を楽譜にはないハイCで響かせる演出です。これにより聴衆は拍手喝采するわけですが、合唱との齟齬が生じて演出にまで影響してしまいます。こうした歌唱・演出が永年の慣習としてまかり通っている事に異議を唱える急先鋒がリッカルド・ムーティです。彼は「楽譜に書かれた通りの演奏」を主張しますが、一部からは「原典主義者」と非難されてしまいます。もちろん楽譜通りに演奏するのが本来の姿ですが、オペラにおいては、そもそもオペラは芸術か、芸か、という問題、聴衆は芸術の鑑賞を求めているのか、それともカタルシスを求めているのか、という根本的な問題があり、それ程単純ではありません。 

 

香原さんはこうした問題の根底に、ヴェリズモ・オペラの登場により、微妙な表現よりも直接的な感情表現が良しとされた時代背景があると指摘します。また繰り返しを冗長と感じる聴衆の意向もあり、次第に楽譜通りの上演でなくても許される風潮が当たり前となって行きました。1950年代、60年代のいわゆるオペラの黄金時代の歌唱にもそれなりの魅力がある事も事実ですが、イタリアで明らかに主流となりつつある“楽譜に忠実な演出・歌唱”を学ばないのは、日本のオペラ界に確固たる信念があるためではなく、これまでの慣習にただ従ったり、主催者の上演時間が長くなりすぎないようにという配慮によるものである点が問題だと香原さんは述べています。イタリアでもオペラの聴衆の高齢化が問題となっていますが、果たしてこうした清新な演出・歌唱が、若い人たちをオペラへと呼び戻すことができるのか注目されます。そうした理論的問題の考察ももちろんですが、歴史的なものも含めたさまざまな音源や映像を駆使した講演を参加者は大いに楽しんだのではないでしょうか。香原さん、ありがとうございました。 

 

例会に先立ち、2023年イタリア研究会総会が開かれ、会の方針、決算、予算、役員が報告されました。2023年度もオンラインを基本として例会は行われます。よろしくお願いします。

(橋都浩平) 

 

移民・難民の遺体と法医学:死者の『名前』を取り戻すために(概要)

508回例会  ※Google Meetでオンライン開催 

日時:2023627日(火)20:0022:00

講師:栗原俊秀氏(くりはら としひで 翻訳家)

講師略歴:

1983 年生まれ。翻訳家。イタリア研究会運営委員。おもな訳書にヌッチョ・オルディネ『無用の効用』(河出書房新社)、アンドレア・バイヤーニ『家の本』(白水社)、クリスティーナ・カッターネオ『顔のない遭難者たち』など。カルミネ・アバーテ『偉大なる時のモザイク』(未知谷)の翻訳で、須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財文化活動省翻訳賞を受賞。近年はイタリアコミックの翻訳も手がけ、ゼロカルカーレ、イゴルト、マヌエレ・フィオールなど、

イタリアを代表する漫画家の作品を日本に紹介している( 2023 年は合計 3 冊のイタリアコミックを 翻訳・刊行予定)。

 

演題:移民・難民の遺体と法医学:死者の「名前」を取り戻すために

概要:

日本のメディアでも散発的に報じられているとおり、地中海を渡る移民・難民の遭難事故は、ヨーロッパを揺るがす大きな社会問題になっています。とはいえ、遭難した移民・難民の「その後」について伝える報道は、日本では皆無と言っていいでしょう。

移民のなかには、パスポートも身分証明書も持たずに海を渡ろうとする人たちもいます。

そうした人びとが遭難したとき、いったいどうやって身元を特定するのか? そもそも、海に沈んだ移民や難民の身元を特定する必要などあるのか? 日本に暮らしているかぎり、こうした疑問が頭に浮かぶことはほぼないだ ろうと思います。

私は昨年、『顔のない遭難者たち』という本を翻訳・出版しました(晶文社刊)。著者のクリスティーナ・カッターネオは、地中海の底に沈んでいった移民・難民の遺体を調べ、身元を特定する作業に従事しているイタリアの法医学者です。移民・難民の身元を特定することは、「曖昧な喪失」がもたらす苦しみ

から遺族を救い出すうえで、きわめて重要な営みといえます。本講演では、地中海における移住の現状を概観しながら、移民・難民と法医学のかかわりについて、いち翻訳者の視点から紹介してみたいと思います。(栗原 俊秀)

 

6月27日(火)、第508回イタリア研究会例会が開かれました。演題名は「移民・難民の遺体と法医学:死者の『名前』を取り戻すために」、講師は翻訳家でイタリア研究会運営委員でもある栗原俊秀さんです。つい先日、大西洋でのタイタニック号見物潜水艇の事故で5人が亡くなり、世界中で大騒ぎになりました。一方で地中海では難民船の難破で毎月のように100人単位の人が亡くなっていますが、大きな話題になることはありません。栗原さんはイタリアの法医学者が書いた「顔のない遭難者たち」という本を翻訳・出版していますが、昨日のお話しは、前半が現在の地中海における移民・難民の状況、後半がこの本の内容についてでした。 

1990年代半ばからレバントや北アフリカ諸国からイタリアを目指す移民・難民が増えてきていますが、とくに2023年に入って急増し、年間記録を更新するのではないかといわれています。その原因ははっきりしませんが、ウクライナ侵攻の影響もあるのではないかと考えられています。問題はイタリアを含む各国が移民・難民の排除の方向に向かっていることで、彼らの押し付け合いという状況が生まれています。6月14日にはギリシア沖で数百人が亡くなる痛ましい事故がありましたが、この事故の原因が、ギリシアの巡視艇がこの船をイタリア領海へ連れ出そうと牽引している途中で転覆したためともいわれています。まさに歓迎されざる民が国同士の押し付け合いの犠牲になっていると言っても過言ではありません。

 

さて「顔のない遭難者たち」の著者であるクリスティーナ・カッターネオはミラノの法医学者です。法医学とは死者の死因や身元を特定することを専門とする医学の1分野です。これまでイタリアでは、海難事故で亡くなった移民・難民は墓地に埋葬はされてきましたが、身元の特定は行われず、無名のまま死亡の年月日だけが記入された墓碑が建てられていました。しかしそれでは故郷に残された遺族たちは彼や彼女が生きているのか死んでいるのかも分からない「曖昧な喪失」の状態に置かれます。カッターネオはそれを何とかしたいと立ち上がったのですが、その仕事は困難を極めました。国からの援助が期待できないための経済的問題はもちろんのこと、身元の特定のためには、死亡前の情報や検体を死亡後の情報・検体と付き合わせる必要があるのですが、死亡前の情報を得ることがきわめて難しいのです。とくにエルトリアのような強権的国家では、いわば国外逃亡を試みた移民・難民は、その家族がそのために国家から迫害を受ける可能性さえあるのです。カッターネオはさまざまなNGOと協力しながら、多くの死者の身元の特定に成功します。それは私たちと彼らとの距離を縮め、同じ人間として扱うための法医学者としての務めであったと彼女は述べています。

 

栗原さん、困難な問題を分かりやすく解説して下さりありがとうございました。栗原さんは、最近、文学作品だけではなく、イタリアのコミックの翻訳にも精力的に取り組んでいますが、売れ行きの点では苦戦しているそうです。これからもイタリアの出版物の翻訳が続くよう、皆さんもぜひ応援して下さい。未知谷、晶文社、河出書房新社などから出ている翻訳書を書店で見かけたら、手に取ってみて下さい。

(橋都浩平)

 

今日なぜマキャヴェッリについて語るのか──昔も今も(Then and Now)(概要)

507回例会  ※リアル+オンライン(Google Meet)のハイブリッド開催

日時:2023526日(金)19:0020:45(質疑応答含む)

場所:ビジョンセンター日本橋  401号室(東京都中央区日本橋室町1-6-3 山本ビル本館4階)

講師:村木数鷹氏(むらき かずたか 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程)

略歴:1994年生まれ。専門は、政治学史(西洋政治思想史)。2022年、ピサ高等師範学校とローマ第三大学の客員研究員として1年間、イタリアにて在外研究。主要業績として「マキァヴェッリの歴史叙述──『フィレンツェ史』における対立の克服を巡る言葉と暴力」(『国家学会雑誌』132巻9•10号, 2019年)、「岡義武とマキャヴェッリ──現代版『君主論』の彼方へ」『戦後日本の学知と想像力──〈政治学を読み破った〉先に』(吉田書店, 2022年)、‘Flight from the City and Love of Country in Machiavelli’s Epistola della peste’, Rivista di letteratura storiografica italiana 6 (2022) ほか。

演題:今日なぜマキャヴェッリについて語るのか──昔も今も(Then and Now

要旨:ニッコロ・マキャヴェッリ──ルネサンス期フィレンツェに生を享けたこの稀代の思想家をめぐっては、500年の長きにわたって毀誉褒貶を含むさまざまな語りが積み重ねられてきた。イタリアの歴史や文化に興味をお持ちの皆様であれば、既に彼について一定のイメージを胸に秘めている方も少なくないであろう。マキャヴェッリを理解する仕方には、その時代の姿が色濃く反映される。彼に対する関心が高まりを見せるのは決まって、宗教戦争やフランス革命、そして第二次大戦といった激動の時代であった。この講演では、最新の研究成果も踏まえてマキャヴェッリの当時の実像に迫ることを試みながら、合わせてその新鮮な歴史的理解を補助線としつつマキャヴェッリの現代的な意義についても論じたい。マキャヴェッリは、昔も今も変わることなく、とりわけ疫病や戦争に苛まれる危機の時代であれば尚更、我々にとってアクチュアルな思想家であり続けている。(村木数鷹)

 

5月26日、イタリア研究会第507回例会が開かれました。会はハイブリッドで行われ、例会後には一般会員も含めての懇親会が開かれましたが、これは本当に久しぶりで勇んで参加された会員も多かったようです。演題名は「今日なぜマキャヴェッリについて語るのか−昔も今も(Then and Now)」、講師は政治学者の村木数鷹さんです。ちなみに副題の“Then and Now”はマキャヴェッリを主人公としたサマセット・モームによる小説の題名です。

さてマキャヴェッリは15世紀から16世紀にかけてイタリアのフィレンツェで活躍した歴史家・政治学者ですが、史上もっとも引用されることが多い著述家の一人とされています。一体なぜ彼の著作が現在でも読まれ研究され続けているのか、現在も研究する価値があるのかというのが講演の主題です。マキャヴェッリは当時共和制をとっていたフィレンツェで重要な役職に就いていましたが、メディチ家によるクーデターで追放され、隠遁生活を余儀なくされました。その中で書いたのが「君主論」「リウィウス論」「フィレンツェ史」の三部作です。彼がそのまま公職に就いていたら、これらの著作は生まれなかったと考えられますので、外面的には不遇である時期をどのように生きるかの重要性を僕たちに教えてくれます。

マキャヴェッリはさまざまな読まれ方をされており、それこそが彼の著作の価値という事ができますが、歴史を振り返ってみると、激動の時代に注目され、それぞれに時代背景を反映した読み方をされています。宗教戦争期のフランス、革命期のヨーロッパ、リソルジメント期のイタリア、ファシズム期のイタリアです。それを考えると、ウクライナ戦争とそれによる世界の分断、それぞれの国の国内の分断が顕著となっている現代もマキャヴェッリが読まれるべき時代なのかも知れません。村木さんによるとマキャヴェッリに関する新しい研究も登場しつつあるそうです。マキャヴェッリの真の偉大さは、それまでの伝統的な歴史の読み方を覆し、パラドックスを恐れずに歴史の寄り深い次元に踏み込んで、新しい政治学を誕生させた点にあると村木さんは言います。それが端的に表れているのが、慈悲深い指導者と残虐な指導者が、時には同じような結果(勝利)をもたらすことがあるという君主論の記述で、これをいわゆるマキャヴェリズムの勧めのように解釈するのは大きな間違いです。

この分断の時代にマキャヴェッリはさまざまなことを教えてくれますが、もっとも重要なのは、政治においては調和だけではなく、対立がもたらすものも大きいという指摘だというのが村木さんの考えです。また彼は政治の分野における公的なものと私的なものの峻別を主張しましたが、どこの国においても、それがあいまいになっているように思える現代において、重要な示唆を与えてくれます。

たいへん高度な内容を分かりやすく講演してくれた村木さん、ありがとうございました。講演後には会場からも、オンラインでも多数の質問が寄せられ、皆さんの関心の高さが伺えました。またハイブリッド開催のための準備と作業に奮闘した岡田、佐藤、栗原の各運営委員、ありがとうございました。

(橋都浩平)

 

空き家率75%の山村を再生させたアルベルゴ・ディフーゾ(概要)

506回例会  Google Meetで開催

日時:2023419日(水)20:0022:00

講師:島村菜津氏(しまむら なつ ノンフィクション作家)

講師略歴:1963年長崎生まれ、福岡育ち。東京藝術大学卒。 2000年、『スローフードな人生!』(新潮社)でイタリアのスローフード運動を日本に紹介、 ベストセラーとなる。著作に『スローシティ~イタリアの小さな町の挑戦~』(光文社) 、 『エクソシストとの対話』(小学館) 、 『スローフードな日本!』(新潮社) 、 『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(共著 誠文堂新光社)など。近刊に『シチリアの奇跡 マフィアからエシカルへ』(新潮社新書)、『世界中から人が押し寄せる小さな村』(光文社)などがある。

演題:空き家75%の山村を再生させたアブルッツォ州のアルベルゴ・ディフーゾ

概要:空き家問題は、戦後、ともに敗戦国となったことで生活様式の変化を体験し、今も少子高齢化を抱えたイタリアと日本の共通の課題である。そんな現状の中で、日本でも、昨今、古民家再生の宿、アルベルゴ・ディフーゾというイタリア語が、時に分散型ホテルなどと訳されながら、地方にまで普及し始めている。

そこで今回はそもそもアルベルゴ・ディフーゾとは何かということを、その言葉が生まれたフリ

ウリの地震復興の村を起点として、各地を旅しながらお話しようと思う。そこには、地域住民の社会的協同組合が過疎の村の存続のために運営するものから、故 郷を愛する個人の思いと投資から生まれたもの、個人が所有する島ごと貸し出すゴージャスな宿など多様な形態がある。今回は、その中でもイタリアで最も知られたアブルッツォ州の海抜 1,250メートル の 山村、サント・ステファノ・ディ・セッサニオ村に私財を投じた個人の話を中心に、そこには何が必要で、どんな難しさがあり、どんな今後の可能性を秘めているのか、について考えてみたい。(島村菜津)

 

 

4月19日、イタリア研究会第506回例会が開かれました。講師はスローフードなどで有名なノンフィクション作家の島村菜津さん、演題名は「空き家率75%の山村を再生させたアルベルゴ・ディフーゾ」でした。 

アルベルゴ・ディフーゾ(以下AD)とは日本語にすれば、分散型宿泊という意味で、人口流出や地震などの災害で空き家や廃墟だらけになった地方都市の家を、以前の姿をできるだけ保ちながらリノベーションして、観光用の宿泊施設として再生しようとするものです。重要なのは新しい建築物を作らないこと、人手を抑えるために、受付は街に一つのみ、レストランも一つのみとして、街全体が一つの宿泊施設として機能するようにする事です。とは言っても、街の歴史、成り立ち、大きさがそれぞれ異なりますので、街ごとにそのスタイルは大きく異なります。島村さんは代表的なADとして、リグーリアのアプリカーレ、ヴェネトのグラード、アブルッツォのサント・ステファノ・ディ・セッサーニオ、マテーラを挙げましたが、アブルッツォのサント・ステファノがもっとも有名だと思いますので、それについて書いてみましょう。

 

サント・ステファノは中部イタリアの山岳都市で、周囲に広大な牧草地帯が拡がっています。かつてはここで大規模な羊の放牧が行われ、その羊毛を原料とした毛織物生産は、かのメディチ家にも莫大な富をもたらしたと言います。しかし多の地方小都市と同様に、人口流出に悩まされ、空き家や廃墟が増大していました。それを数人の先駆者たちの先導から街全体へと再生を進め、観光客が集まるようになりました。街自体は小さく観光資源が豊富とは言えませんが、イタリア最大の国立公園が近く、距離的にはローマからも近いのです。観光客が集まるようになったために、かつて行われていた毛織物生産が再開され、在来種の農作物の栽培も復活して、少しずつ雇用も生み出されるようになってきました。 

日本でもADが地方再生のキーワードとして注目されていますが、補助金を使って地方自治体が計画立案だけを行って、それ以上の発展を見ない例も多いという事です。これでは一部のコンサルタント会社の収入が増えただけで終わってしまいます。地方で進行しつつある交通網の劣化も相まって、観光とは何かという事を根本的に見つめ直さないと、日本でもADを根付かせることはなかなか難しそうです。至れり尽くせりの観光から、何もないことに価値を見いだす観光へと、僕たちの意識を変革することがもっとも重要ではないかと考えました。島村さん、豊富な写真と示唆に富んだお話しをありがとうございました。

(橋都浩平)

 

イタリアの健康寿命と『生活の質』を考える(概要)

505回例会 ※Google Meetでオンライン開催

日時:2023326日(日)15:0017:00

講師:土屋淳二氏(つちや じゅんじ 早稲田大学文学学術院教授)

講師略歴:

1996年早稲田大学文学部助手、1998年同大学大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学) 1999年同大学専任講師。 2002年同大学助教授、 2006年同大学教授、現在に至る。専門は社会学(集合行動・運動論、文化変動論、知識社会学、経営・産業社会学)。 2005年よりイタリア社会学会( AIS)終身名誉会員。日本感性工学会理事。ファッションビジネス学会理事。イタリア各地の大学にて客員教授を歴任(ローマ大 [La Sapienza; Tre]、ボローニャ大パドヴァ大、ミラノ・カトリック大、ミラノ大 [ IULM、ヴェネツィア大 [Ca LUISS Guido Carli]、フィレンツェ大、トリノ大、トレント大、ジェノヴァ大、モデナ・レッジョエミリア大、ウルビーノ大学、サッサリ大学、ナポリ大学 [Orientale]、その他

演題:イタリアの健康寿命と「生活の質」を考える

概要:

欧州諸国のなかでもイタリアの少子高齢化(人口減少)の問題がとくに深刻な状況にあることはよく知られている。ジョルジャ・メローニが、首相就任以前より「国が消滅する」との強烈な危機感のもと、この喫緊の課題に対し効果的で実効性のある政策の立案とその実行に躍起となる姿は、まさに少子高齢化の深刻さで世界の先を行く日本の状況と重なる。少子高齢化を社会保障財政上の問題として照射するなら、そこには必然的に医療福祉コスト軽減策としての「健康寿命の延伸」が目標課題として浮上し、健康・医療・福祉領域(ライフケア)を含めた生活全般における「生活の質( QOL)」の向上と「ウェルビーイング」 buon vivereのあり方が問われることなる。その点で、地中海型の文化風習や生活環境(気候、料理、生活習慣・慣習、社会関係など)を母胎とするイタリアのスローライフ思想や人生哲学、その生活実践は、健康寿命や「暮らしの豊かさ」を説明する図式として語られてきた。本講演では、イタリアの健康寿命と QOLの実像について社会学的な観点から考察する。(土屋淳二) 

 

3月26日(日)イタリア研究会第505回例会がオンラインで開かれました。演題名は「イタリアの健康寿命と『生活の質』を考える」、講師は早稲田大学文学学術院教授で社科学者の土屋淳二さんです。 

皆さまご存じのように、イタリアも日本と同じく少子高齢化が急速に進んでおり、メローニ首相も危機感をあらわにしています。そのイタリアで高齢者は健康なのか、幸福なのか、一般的なイメージでは日本よりも家族の絆が強いように考えられていますが、それは本当なのか。土屋さんはさまざまなデータと文献とを駆使して、こうした問題に解答を与えようとします。しかしこうした単純な問いほど、答えるのがむつかしいのだと言います。そのもっとも大きな理由が、健康や幸福を測定する指標が複数あり、国によっても採用される指標が異なるために単純に比較するのが困難だからです。また通常は調査のサンプルに施設入所者や長期入院者が含まれないため、当然のことながら偏りがあります。

 

イタリアの高齢化率はEUではダントツに高く、日本よりもやや低いという状況です。平均寿命は地域によって異なり、あきらかな南北差があります。地中海食が健康に良いと言われ、それを示すデータも多いのですが、実際には平均寿命が南で短いのは、医療や福祉に投下される資本の差によるのではないかという事です。短期的にはCOVID19による死亡統計の乱れが、ロンバルディアを中心とした北部で認められ、2020年にCOVID19による高齢者の死亡が急増したために、2021には死亡数が減少するという現象が認められています。日本とはまったく異なるコロナショックの存在があったわけです。健康寿命という観点で見ると、イタリアでは、有病率特に整形外科的疾患が高齢男性よりも高齢女性において著明に高いのですが、これには肥満と骨粗鬆症が影響しているのではないかということです。 

人びとの幸福度を測定することは、健康度を測定する以上に難しいのですが、幸福度には経済、健康、周囲との関係性の三つが最も大きく影響すると言われています。イタリアの高齢者の生活の満足度は意外と高いのですが、アンケート調査という性格上、あえて楽観的にとらえる国民性や文化も影響している可能性もあります。いずれにしても、健康や幸福を統計的に捉えようとする試み自体に困難さとある種の矛盾があり、個々人の物語を大切にするNBM(Narrative Based Medicine)がこれから益々重要になって行く事が確実だという事でした。土屋さん、大変複雑でとらえがたい問題についてのご講演をありがとうございました。(橋都浩平)

 

イタリアワイン豊かさの背景(概要)

第504回例会

日時:202329日(木)20:0022:00

講師:宮嶋勲氏(みやじま いさお  ワインジャーナリスト)

講師略歴:

1959年京都生まれ。東京大学経済学部卒業。 1983年から 1989年までローマの新聞社に勤務。

現在イタリアと日本でワインと食について執筆活動を行っている。日本では専門誌を中心に執筆するとともに、セミナーの講師、講演を行う。 BSフジの TV番組「イタリア極上ワイン紀行」の企画、監修、出演を務める。

著書に「10皿でわかるイタリア料理」「最後はなぜかうまく行くイタリア人」(日本経済新聞出版社)、「ワインの嘘」(大和書房)など。 2013年にグランディ・クリュ・ディタリア最優秀外国人ジャーナリスト賞受賞。2014年、イ タリア文化への貢献によ り“イタリアの星勲章”コンメンダトーレ章をイタリア大統領より 受章 。

演題:イタリアワインの豊かさの背景

概要:

1970年代までのイタリアワインは「お手頃価格でそれなりに美味しい安酒」という地位に甘んじていました。それが 1980年代から急速に栽培と醸造を近代化し、高品質を目指して、世界的に高く評価されるようになりました。

いわゆるイタリアワイン・ルネッサンスです。その後もさらなる躍進を続け、輸出も絶好調です。イタリアワインの躍進を可能にした背景は何でしょうか?

フランスワインとは異なるイタリアワインならではの特徴とは? 多様なワインが生まれるイタリア各地の産地を、最新の情報をまじえながら見ていきます。

それぞれ個性が異なる各州のテロワールを北から南まで旅することにより、イタリアワインの豊かさが浮かび上がります。(宮嶋 勲)

 

2月9日(木)にイタリア研究会第504回例会が開かれました。演題名は「イタリアワイン豊かさの背景」、講師はワインジャーナリストの宮嶋勲さんです。1970年までのイタリアワインは、日本の番茶のような食事の付属品で、それ自体を賞味するというものではありませんでした。それが1980年代以降に「イタリアワイン。ルネッサンス」と呼んでもよい動きが現れます。それを先導したのがピエモンテのGayaやトスカーナのAntinoriでした。イタリアの気候は温暖で日照時間が長いので、もともと葡萄の生育には適していますが、葡萄の収穫が多ければよいワインができるわけではありません。単位面積あたりの葡萄の収穫量が多いことは、ワイン造りにおいてはそれが足を引っ張ることもあるのです。 

イタリアのワイン醸造はそれまではいわば自然任せで、年ごとの品質のばらつきも大きかったのですが、ステンレスタンクを導入し、厳密な温度管理を行うようになって品質が安定し評価も高くなりましたが、当時のイタリアの醸造家たちが参考にしたのが気候が比較的近いカリフォルニアだったのです。当初イタリアの土着品種の葡萄から作るワインはフランスワインと比較すると、酸とタンニンが強くすぐには受け入れられなかったのですが、他の葡萄とブレンドすることにより、飲みやすいエレガントさを演出し、それから土着品種からできたワインを売り出すという戦略も成功したという事です。ワインに関してはテロワールという概念が重要ですが、イタリアは南北に細長く、北にはアルプス、半島中央にはアペニン山脈があるという複雑な地形と土壌をを持っています。また国家が統一されたのがヨーロッパの中では遅く、地方の独自性が大事にされていたために、どこよりも土着品種の種類が豊富で、それが現在ではイタリアワインの魅力になっています。

 

最近のイタリアワインの傾向としては、白ワインの評価と生産量が高まっていることが挙げられます。代表的な地域としてはLugana、Trentino-Alto Adige、Valle d’Aosta、Soave、Friuli、Marche、Irpiniaが挙げられます。またスパークリングワインの人気も高まっており、代表的産地はFranciacorta、Trento Alta、Langa Valdobbiadene など。またロゼが人気が出てきており、成功しているとのことです。代表的産地はBardolino、Abruzzo、Salentoなど。全体的な傾向としては、軽やかなデイリーワインと重厚な高級ワインとに二極分化する傾向があるという事です。また食事と一緒に飲むには重すぎるAmaroneなどのワインもワインそのものを味わう対象として人気が出てきているそうです。最後に宮嶋さんはイタリアワインの魅力として、多様性、上から目線(どこかのワインのような)のない気取らない気軽さ、そしてグラスの向こうに見える風景(歴史や物語)を挙げていましたが、まさにその通りだと思います。 

皆さま、改めてイタリアワインの魅力を認識し、さらに深く知りたくなったのではないでしょうか。宮嶋さん、分かりやすくしかも深いお話をありがとうございました。 (橋都浩平)

 

ロシア・ウクライナ戦争とアメリカの世界戦略−いま何が起こっているのか?(概要)

第503回例会

日時: 2023年1月13 日(金)20:00〜22:00 (JST・質疑応答含む) ※開場は19:50

演題:「ロシア・ウクライナ戦争とアメリカの世界戦略―いま何が起こっているのか?」

概要:

2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は、その時点から考えると、なぜ21世紀にロシアがそのような行動をとったのか理解できないと思われる。しかし、1989年の東欧のドミノ革命、1991年のソ連邦の崩壊とウクライナの独立、EUやNATOの拡大に続く、2004年、2014年のウクライナ革命、と歴史を紐解いていくと、大きな世界情勢の中での欧州と、ロシア、アメリカ、さらには中国などとの関係が、回り灯篭の影絵のように浮かび上がってくる。 

重要なことはロシア・ウクライナ戦争をきっかけに世界中が武装し、戦闘準備を始めるのをやめること。このまま「敵基地攻撃能力」などと言って、隣の国にミサイルを打つ準備を始めていると、戦争に必然的に巻き込まれてしまうということを認識し、それぞれが自国において戦争ではなく平和を選択していくことが重要。(羽場久美子)

場所: 今回はGoogle Meetではなくビデオ会議システム"Zoom" で開催。

講師:羽場久美子氏(神奈川大学教授、世界国際関係学会アジア太平洋会長、グローバル国際関係研究所所長)

講師略歴:神戸市生まれ、四日市育ち、津田塾大学大学院博士号取得。

ハンガリー・科学アカデミー歴史学研究所、イギリス・ロンドン大学、フランス・ソルボンヌ大学、EU

大学研究所(フィレンツェ)、アメリカ・ハーバード大学などにて研究。ジャン・モネ・チェア。法政大

学、青山学院大学を経て現在神奈川大学教授。世界国際関係学会アジア太平洋会長。グローバル国際関係研究所所長。 

 

1月13日(金)第503回イタリア研究会例会が開かれました。演題名は「ロシア・ウクライナ戦争とアメリカの世界戦略−いま何が起こっているのか?」、講師は神奈川大学教授・世界国際関係学会アジア太平洋会長・グローバル国際関係研究所所長の羽場久美子さんです。羽場さんはおもにヨーロッパで研究のキャリアを積み、EUやヨーロッパの国際関係の専門家であり、フィレンツェ郊外のフィエーゾレの研究所でも学生の指導に当たっていた事があるそうです。 

さてロシアがウクライナに侵攻してまもなく1年を迎えます。最初は日本には馴染みのない遠い地域の紛争と考えられてきたきらいがありますが、実際にはサプライチェーンの分断やその結果としての物価上昇、さらには台湾有事が聲髙に主張されるなど、ヨーロッパだけではなく日本へも大きな影響が現れてきています。そもそもなぜロシアがウクライナへの侵攻という世界から非難を浴びる決断を行ったのか、そこにはこの2国間の複雑な歴史だけではなく、アメリカの世界戦略が大きな影響を与えていると羽場さんは言います。ウクライナはドイツの2倍もある広大な領土を領土を持っていますが、キエフ公国崩壊後は独立した国家をなす事がなく、地域的にも西部、東部、南部は宗教も民族も異なるという複雑は背景を持っています。しかもロシアにとっては「柔らかい下腹」と呼ばれるほど地政学的に重要な場所にあります。冷戦後に解消されるかと思われたNATOをアメリカはさらに強化する方針を打ち出し、ロシア包囲網を作った上に何年も前からウクライナに武器供与を続けた結果のロシアの危機感が今回の戦争の引き金となったと考えられます。 

アメリカが武器供与をしているとはいっても実際の戦争で亡くなるのはウクライナ人であり、ロシア人です。侵攻したロシアが非難されるのは当然ですが、正義を振りかざしてウクライナ支援を続け、さらに双方の犠牲が増えるのが果たして正しいのか、まずは停戦を目指すべきと言うのが羽場さんの考えのようです。そのためには日本もアメリカの戦略をそのまま受け入れるのではなく、中立的なアジア・アフリカ諸国と協調しながら国際協力と国連の力によって停戦に向かって努力をする必要があるでしょう。またこの戦争では情報戦も戦争の重要な一部である事が分かりました。複雑な国際関係を理解するためには、われわれにもどれが正しい情報であるのかを判断できるだけの情報リテラシーが求められています。いずれにしても一刻も早く停戦が実現して、これ以上の犠牲者が増えない事を願いたいと思います。

羽場さん、複雑な問題を分かりやすくお話し下さりありがとうございました。(橋都浩平)