お行儀作法のルネサンス(概要)

3月例会(453回) 

・日時:2018年3月23日 (金) 19:00-21:00

・場所:東京文化会館 4F大会議室

・講師:栗原俊秀氏(翻訳家)

   略歴:1983年生まれ。翻訳家。京都大学大学院修士課程を終了後、イタリア留学。カラブリア文学部専門課程近代文献学コース卒業。2016年、カルミネ・アバーテ『偉大なる時のモザイク』(未知谷)の翻訳で、須賀敦子翻訳賞を受賞。

・演題:お行儀作法のルネサンス 

   概要:現代日本の書店には、お行儀作法について説くマニュアル本が数多く積まれています。じつは、この手の書物の源流を訪ねてみると、16世紀のイタリアにたどりつくのです。当時のヨーロッパの一大ベストセラー『宮廷人』を紹介しながら、ルネサンスのお行儀作法について考えてみたいと思います。

(栗原俊秀)

 

 

イタリア研究会第453回例会が開かれました。講師はイタリア研究会運営委員でもある翻訳家の栗原俊秀さん、演題名は「お行儀作法のルネサンス」です。

1528年に当時教皇庁マドリード駐在大使であったバルダッサッレ・カスティリオーネが書いた「宮廷人」が出版され、大ベストセラーとなりました。じつはそれまでにカスティリオーネは何年も掛けてこの作品の推敲を重ねており、そのためこの本の写本がイタリアのみならずヨーロッパ中に出回ってしまっていました。それに業を煮やした著者が出版に踏み切ったというのが本当のところのようです。

ラファエロの肖像画で有名なカスティリオーネはマントヴァ出身の当時有名な宮廷人・文化人・政治家でした。当時のイタリアは各地に都市国家がありそれぞれに宮廷が存在していましたが、そこで活躍する「完璧な宮廷人」はどうあるべきかを描いたのがこの本です。英語の“gentleman”の語源ともなった“gentiluomo”が身につけ、周囲から賞賛を受けるための立ち居振る舞いがどうあるべきかは、当時の国際的なヨーロッパ政界・社交界において、重大な関心事だったのです。

 

栗原さんはこの著書を読み解きながら、宮廷人らしさの基本は“grazia”にあり、そのためにはできる限りわざとらしさを避け、さりげなさをもって行動する事が重要だとされている事、そうした記述はオウィディウスを初めとした、古代作家の記述にも含まれており、カスティリオーネがそうした記述を引用しながら、古代作家の得意とした対話スタイルで記述している事を指摘しました。また重要なポイントとして、この本が当時イタリアの文化人の間で行われていた言語(国語)論争の影響を受けている事にも注意を喚起します。標準イタリア語が成立していなかった当時、どの言語を語りどの言語で記述するかは重大な問題だったのです。ヴェネツィア出身の有名な人文学者ピエトロ・ベンボが14世紀のトスカーナ古語を至上としたのに対して、カスティリオーネは現代トスカーナ語を使用する事の妥当性を主張したのです。その他にも、女性のお化粧の仕方に関しての、現代にも通じる記述や、明らかにこの本を意識していると思われる、宮廷人になりたがっている愚かな男を主人公とした当時の喜劇の話など、楽しいお話も満載でした。

この本がその後イタリアで読み継がれ続けたのかどうかという質問に対しては、イタリアでは古典として読まれ、むしろ他のヨーロッパにおいて実際の指南書としての価値を持ち続け、影響が大きかったという答えでした。栗原さん、興味深いお話をありがとうございました。(橋都 浩平)