ルネサンスと古代ギリシャ彫刻 — 「ミケランジェロと理想の身体」展を見ながら (概要)

9月例会(459回) 

・日時:2018年9月3日 (月) 19:00-21:00

・場所:東京文化会館 4F大会議室

・講師:飯塚 隆氏 (国立西洋美術館 主任研究員)

略歴:東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学、現在、国立西洋美術館主任研究員

専門は古代ギリシャ・ローマ考古学・美術史

国立西洋美術館での担当展覧会は、「大英博物館 古代ギリシャ展」(2011年)、「橋本コレクション 指輪展」(2014年)、「黄金伝説展」(2015年)

・演題:ルネサンスと古代ギリシャ彫刻 — 「ミケランジェロと理想の身体」展を見ながら

 

概要:現在国立西洋美術館で開催中の「ミケランジェロと理想の身体展」の出品作品を通して、ルネサンス美術が古代ギリシャ彫刻をどのように受容したのかを見ていきます。古代ギリシャ彫刻の様式の変遷に着目しつつ、いかにしてミケランジェロが古代彫刻のエッセンスを把握し、独自の表現を生み出しているのかを考えます。(飯塚)

 

 9月3日に開催された「イタリア研究会9月例会(第459回)」の報告です。

講師は国立西洋美術館主任研究員で古代ギリシャ・ローマ考古学・美術史がご専門の飯塚隆先生、現在(今月24日まで)国立西洋美術館で開催中の「ミケランジェロと理想の身体展」に因み、「ルネサンスと古代ギリシャ彫刻―“ミケランジェロと理想の身体展”―を見ながら」との演題でご講演を頂きました。冒頭の「今日は写真を沢山用意して来たので、耳で話を聴くよりも目で楽しんで下さい」とのお言葉通り、持ち時間(1時間半)の間を通して灯りを消し、終始スライドを駆使してのご講演となりました。先ず最初に取り上げられたのが1506年ローマで発見されたラオコーン像(ラオコーンはトロイアの王子でアポロンの神官。トロイア戦争の際木馬搬入に反対したため、アテナが送った2匹の大蛇に息子二人と共に絞め殺された。バチカン美術館蔵)。発掘にはミケランジェロも立ち会ったと言われているが、この古代彫刻の傑作は31歳だったミケランジェロを始めとするルネッサンスの芸術家に計り知れぬ衝撃を与えた。今回の展覧会にはヴィンチェンツォ・デ・ロッシによるラオコーンの大理石像(1584年頃、高さ約2m)と共にマルコ・ダ・ラヴェンナによるオリジナル作品の素描も展示されている。

次いでミケランジェロを頂点とするルネサンス美術の源である古代ギリシャ・ローマの彫刻について詳しく触れられた。ここでは男性美に大いに注目する必要があるが、それは古代ギリシャでは人体の理想像は男性の裸体彫刻を通して表現されたからである。今回の展覧会ではアスリートと戦士、子供と青年などの切り口で、古代ギリシャ・ローマとルネサンスに追求された男性美、理想の身体が紹介されている。ミケランジェロは彫刻、絵画、建築夫々の分野でずば抜けて優れた作品を残しているが、彼自身は自らを彫刻家と呼んだ。彼は当時から天才として欧州中に名を轟かせていたが、古代ギリシャ・ローマの伝統を吸収し、肉感ある「動き」と感情表現を取り入れたミケランジェロ独自の様式は、古代から追求されて来た「理想の身体」の到達点として多くの芸術家に影響を与えている。

今回の展覧会には世界に40点しか現存しないミケランジェロの大理石彫刻から傑作2点が初来日している。一点は「力強さと気品、躍動感と安らぎ、清らかさと色香」と紹介されている<ダヴィデ=アポロ>像(1530年頃。フィレンツエ・バルジェッロ国立美術館蔵)、もう一点は「幼さを残しながらも大人への成熟を予感させる肉体の生命力」と紹介されている<若き洗礼者ヨハネ>像(1495~96年スペイン「エルサルバドル聖堂財団法人」蔵)。こちらの作品は1930年代のスペイン内戦によって大きな被害を受けたが(“僅か14の石片”になってしまった言う)、その後の長く粘り強い修復の結果蘇ったものである。これら二つの作品は嘗てローマの同一人物が所有していたが、その後別れ別れとなり今回500年振りに国立西洋美術館で再会を果たした由。この2点の傑作に関し飯塚先生は様々な角度からの写真を用いて、その表情や容姿から発信されている美と情緒の「視点による微妙な違い」を詳しく解説されました。ご講演後は会場からの質問が多数出され時間切れになる程で、本展に対する出席者の関心の高さを伺わせました。極めて緻密かつ明快な構成の下ミケランジェロを始めとする最高の傑作を一同に招集し、企画された今回の「ミケランジェロと理想の身体」展は9月24日まで開催されています。飯塚先生からは皆さんに「この滅多にない機会に出来るだけ多くの方々に観て頂きたい」とのたってのご希望がありました。

飯塚先生、中身の濃い素晴らしいご講演どうも有難うございました。(猪瀬威雄)