不変にして、定まらず—“アッズーリ”の源流(概要)

12月例会第1回(462回) 

・日時:2018年12月7日 (金) 19:00-21:00

・場所:東京文化会館 4F大会議室

・講師:伊藤亜紀氏 (いとうあき)

 略歴:1967年千葉県生まれ。1999年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(人文科学)。現在、国際基督教大学教養学部教授。専門はイタリア服飾史と色彩象徴論。

【著書】『色彩の回廊──ルネサンス文芸における服飾表象について』(ありな書房、2002年)、『青を着る人びと』(東信堂、2016年)など。

【訳書】ドレッタ・ダヴァンツォ=ポーリ監修『糸の箱舟 ヨーロッパの刺繍とレースの動物紋』(悠書館、2012年(共訳))、『イタリア・モード小史』(知泉書館、2014年(共訳))など。

・演題:不変にして、定まらず──「アッズーリ」の源流

 概要:いまや、日本のマスコミにもすっかり定着した感のある、サッカーをはじめとするすべての競技のイタリア・ナショナル・チームの通称「アッズーリ(Azzurri)」。しかしイタリア人は、この青という色を、古くから熱烈に愛してきたわけではなく、むしろ15世紀以前は明らかに敬遠していた。中世末期からバロック期の初めにかけて、彼らの青に対するイメージはどのように変化し、そして何処へ辿り着いたのかを、「誠実」「フランス」「卑賤」「不実」「嫉妬」という5つのキーワードで読み解く。(伊藤)

 

イタリア研究会第462回例会が開かれました。演題名は「不変にして、定まらず—“アッズーリ”の源流」、講師は国際基督教大学教養学部教授の伊藤亜紀さんでした。

われわれイタリア好きはアッズーリと聞くと、反射的にサッカーのイタリア・ナショナルチームを思い出しますが、じつは他のスポーツ、自転車競技、バレーボール、新体操などでも同じ色のユニフォームが使われています。そうすると、アッズーリ(青)が古くから勇気や勝利のシンボルとして使われてきたと考えたくなりますが、決してそうではありません。

そもそも青はむしろフランス王家の色と認識され、フランスという国家を代表する色でもありました。フランス王家の紋章は青地に金の百合(アイリス)で、この青は聖母から来ていると考えられます。なぜ青が聖母の色となったかというと、青空こそ聖母にふさわしいという理由の他に、ヨーロッパでは青の顔料となるラピスラズリ(ウルトラマリン)が黄金並に高価であったため、高貴な色と考えられるようになったという理由があります。それでは青が常にポジティブな意味を担っていたかというと、そうではなく不実を表す色として使われている文学作品も存在します。また鮮やかな青は別として、少なくともくすんだ青は庶民の用いる卑賤な色とも考えられていました。それは布地を藍色に染色するために用いられていたタイセイという植物が非常に安価でもっぱら庶民の衣服に用いられ、しかも発酵させる時に悪臭を放つ事によります。

一方、イタリアでは青が上流階級で用いられる事は少なく、北イタリアのいわばフランスかぶれの貴族たちに用いられていました。フィレンツェを含む中部イタリアでは、赤が高貴な色と考えられていました。そして青は嫉妬の象徴とされていたのです。その理由はいささか後付け的ではありますが、波の動きが決して静まる事がないように、不信の心も決して静まる事がないからだというのです。このように歴史的に見てみると青という色は、きわめて両義的な扱いを受けており、単純に勇気や勝利のシンボルとは言えない事が分かるかと思います。

伊藤先生、たいへん興味深いお話をありがとうございました。(橋都)